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在庫一掃 リニューアルオープン
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以前「D-note」という名前で公開していたHPを、在心日誌立ち上げに伴って、
名前も新たに「Zaishin PHOTOGRAPH & MUSIC」という名前で更新しました。
在心日誌用に撮り溜めた写真。採用した分もボツになった分も一挙にまるごと公開してます。
もちろんトリミング前のオリジナル縦横比で公開。僕の写真の下手クソさ加減が一目でわかるレアものいっぱいです。(ノ_<。)
あと趣味で弾いてる楽器の録音ページもあったりします(今回は更新してませんが…)。
お暇なときにでも見てやってもらえたら幸せです。
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by chii-take | 2007-04-24 02:32
ずっと、ずっと在(いま)すが如く…
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白川先生の文字学には「神さま」がたくさん登場します。
その白川先生の引用を多用するこのブログでも、当然「神さま」という言葉は何度も使うことになるのですが、
実は僕は無神論者です。

白川先生の用いる「神さま」は、
おそらく古代中国の原始儒教において信仰の対象となった森羅万象に宿る精霊のようなものを指しています。
いわゆるアニミズムの世界であって、キリスト教やイスラム教的な絶対神のことを指しているわけではありません。簡単に言うと八百万の神さまのことです。
「神さま」というからどこか仰々しいのであって、単純に「心に感じられる大切なものすべて」を指していると考えてなんら問題ないと僕は思っています。

台所の火にも神さまは宿っているし、
海から吹く風にも神さまは宿ってる。
絵を描くとき、無心になってよい絵にしようとすることも神さまへの祈りだし、
大切な人と見つめ合うとき、この人が幸せであるようにと思うことも神さまへの祈りなんだと思う。
そういう表現しようのない神さまへの思いをカタチにしようとした人が、
きっと最初に漢字をデザインした人たちなんだと僕は思っています。
彼らは恐ろしく目がよくて、その思いが生活の中で表れるその瞬間を見事にスケッチし、
文字として描き出しました。
とても偉大な絵描きであったに違いないと僕は思っています。


僕は自分で無神論者と言っているくらいなので、実家は仏教徒ですが心から仏教を信仰しているわけではありません。
でも一つだけブッダにまつわる話でとても印象深く思っている話があります。

ある女性が幼子を死なせてしまい、悲しみに暮れるあまり、
子供を生き返らせる方法を求めて評判の宗教家ブッダの所に赴きます。
女性はブッダの足元に子供の亡骸を置くと、どうか生き返らせてくれと懇願したといいます。
するとブッダは「生き返らせてあげるから、まだ死人を出したことのない家から、ケシの種を一粒もらってきなさい」と言ったそうです。
女性は大喜びで町へ帰り、家々を回ったそうですが、どの家の人も残念そうに亡くなっている人があることを告げるので、
結局女性はケシの種を得ることは出来ませんでした。
そして彼女はブッダが意図したしたことを悟り、子供の死を受け入れ、子供の亡骸を墓地に葬ったといいます。


僕はこの話を聞いて、教えられたことと、納得のいかなかったこと、二つの気持ちを抱きました。

教えられたことは
「人の命が失われることはどうしようもないことで、
 本当に誰もがその哀しみを背負って生きているのだから、
 なぜ自分だけが? とは決して思ってはいけないということ。」


納得のいかなかったことは
「あきらめろ…。それで終わりか?」
ということでした。
ブッダはこの世の無常を説いて、それを悟ることで苦悩からの解脱に達することを説いた人です。
恐ろしく知恵の働く人で、その教えは僕にとってはトンチのようなものでした。
あいにく僕はあまり頭がよろしくなかったので、そのトンチにはついていくことができませんでした。

僕が知りたかったのはもっとシンプルに僕はどう思うべきかということであって、救われたいなどとは微塵も思っていなかったのです。
僕が救われたって死んだ人が救われるわけではないのだから。

白川先生の文字の成り立ちの研究から、僕は古代の人がどのように人の死と向き合ったかを知りました。
僕はそこにブッダが教えてくれなかったことを垣間みたのです。

【鬼】という文字は日本では「あかおに」とか「あおおに」のように、悪い妖怪のような使われ方をしますが、
中国では元々の意味である死者の霊(祖先の霊なども)のことを指します。
この文字の成り立ちは、ご先祖供養のお祭りのとき、
お面をかぶって先祖の霊そのものになりきっている一族の長の姿形を表しているといいます。

【郷】はそのようにして疑似的に迎えた先祖の霊と今生きている家族が共に酒を飲み、
同じ料理を口にする場面を描いた文字なのだそうです。分りやすく言うとお盆の風景ですね。
僕にとっての奈良のことを指す文字です。

このような一連の文字を辿っていくと、僕は論語の中で語られた孔子のこの言葉を思いだすのです。

『祭ること在(いま)すが如くし、
 神を祭ること神在(いま)すが如くする』
(神さまにお祈りするときは、神さまが目の前にいるように真心を持って祈りなさい。)


あきらめるのではない。あきらめる必要なんかない。
居なくなったことを知った上でなお、在(いま)すが如く、あの人のことを思うことが、
どれだけ前向きに優しく生きることになるのかを僕は知りました。


【死】
白川先生によれば、亡骸の前にひざまずく残された人の姿形を象った文字。

【久】
人の亡骸を後ろから木で支えている形。この形で死者は棺に収められるので「柩」という字が生まれた。
人の生はわずかの間だが、死後の世界は永遠であるという古代の人々の考えによって「永久」の意味に用いられたそうです。

ずっと、ずっと在(いま)すが如く…。
神さまになったあの人と…。
僕は之く。
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by chii-take | 2007-04-22 05:11
その大木が守られたこと
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【子曰、温故而知新、可以爲師矣】
とっても有名な論語の一説です。

「子の曰わく、故きを温めて新しきを知る、以て師と為るべし」
(古いことに習熟して新しいこともわきまえれば、教師となれるだろう)
ね、知ってますよね?


もう一週間も前の話ですが、知人に教えてもらった樹齢150年の桜を見に行きました。
穴場的な場所だと聞いていたとおり、
その場所は地元の保存会のみなさんによってささやかにライトアップされていて、土地の人たちが毎年楽しみにしている小さな、けれどもとても大事にしているお祭りという感じで、厳かな安らぎに満ちた花見が楽しめました。

樹齢150年。すごいなあと思ってみていたのですが、
同じ日に若草山へ行っていた知人が、そこに生えている大きな木を見て
「戦争で焼かれていない土地ってこういう事なんや」
と感じていたと聞いてとてもショックを受けました。

そう。この街中にあって樹齢150年の桜がまだ生きているのは一重にここが奈良だからということにつきるのです。
その奇跡を感じることの出来なかった自分にちょっと失望したり…。


引越にあたって、
なぜ奈良だったのか?
そしてなぜ奈良市を選んだのか?
僕はそのことをまだ明確に言葉にしていなかったので、一度ちゃんと書いておこうと思います。

奈良といえばどこも遺跡や古い寺ばかりで、古くさく、田舎っぽいイメージがありますが、田舎であることや、古いことは僕にとっては歓迎することだったので、その点は問題ではありませんでした。何より僕はそもそもそんな土地で生まれたのだから返って落ち着くというものです。
そこに帰るということが当初の目的でした。
ただ県内ならどこでもいいという具合にはいかず、
部屋探しで県内を歩き回ったときに、王寺や生駒だけは大阪のベッドタウン化が進み過ぎていて、奈良であることを感じさせない街になっていたので候補から外しました。
(それとは別の理由で外したのですが生まれ故郷の葛城市も同じ道を進みつつあるようだったのが少し悲しかった)

必然的に候補地は県内の東側が有力になっていきました。
そして斑鳩や郡山にも行き、最後に奈良市に来ました。

実は一年近く前に燈火会で来たときにも感じていたのですが、
駅から最初の一歩を踏み出した瞬間からこの土地に立っていること自体が僕にはなぜか喜びでした。
その直感みたいなものは、この土地について調べれば調べるほど、来れば来る度に深まっていき、いつしかそれが確信に変わっていました。

この街は学園都市をうたっているだけあって田舎のイメージが合わないほど若者の多い街です。そのため街中のお店も若者向けのものが少なくなく、散歩をしていても都会の街を歩くのと同様に充分“今”を感じさせる場所です。
それなのに街には古い寺院や遺跡、果ては原生林までが点在し、「古さの中に抱きしめられた新しさ」があり、同時に「新しさが守る古きがある街」と僕は感じました。それは親子の関係にも似ているようでした。

その関係がもっとも具体的に表れていたのが“ならまち”と呼ばれる一帯でした。江戸時代から続く町屋の風景が残る街。そこに憧れ、守りたいという人々が集まり、また新しいエネルギーが生み出され続けている街。
(そもそも町屋の風景が残されていたのも、古い遺跡の存在によって戦火を免れたからに他なりません。)

そんな街の成り立ちを知るにつれ、「過去と未来が今によって繋がっている街」を僕は自分と自分の家族が一生住むにふさわしい街だと確信しました。

なるべく多くのものが繋がっている場所。
僕がまだ母の身体と繋がったままこの世に出て来たみたいに…。
子供が親の思いを辿ってここに生まれた意味を辿れるように…。
その思いから子供が自分の進むべき道を迷わず探し出せるように…。
多くのよい刺激を吸収できるように。
なるべく多くのものが繋がっている場所。


それが僕の探していた街。
それにピタリと該当した街がここ奈良市でした。

花見の夜。あまりによい雰囲気だったので、
引っ越してみて奈良はどうか?とヨメに訊いてみました。
ヨメはちょっと考える仕草をしたあと、
作ったしかめっ面の表情をして、
「B!」「Bマイナスくらいや」
と答えました。

でも僕は初めて僕が奈良引越を切り出したときの彼女の評価がDマイナス以下であったことをよく知っているのです。(いや、たぶんだけど…)

どうかこの街が僕の家族を守ってくれるように。
大きな木に成長できるよう励ましてくれるように。
無数の枝が茂り、いつか美しい花々が咲くように。
そう願ってやみません。
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by chii-take | 2007-04-15 04:31
あねさんのお仕事
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今日は先日転職されたある先輩社員について。
ただの回想録ではなく、あくまで僕の今とこれからに彼女が与えてくれた影響について。

彼女はひとつ年上の先輩。
僕とはまったく違ったタイプのデザイナーで、
やっぱり僕とはまったく違ったテイストの魅力的なイラストを描く絵描きでもあります。

僕が初めてデザインと名のつく仕事をやらせてもらえたときから組ませてもらった方で、そのあと4年近くずっとチームメイトとして仕事をさせてもらいました。
苦楽を共にしたという意味では戦友のようでもありますが、僕にとってはずっと(失礼かもしれませんが)優しくも厳しいのような存在でした。

彼女のデザインは一言で言えば

“あるがままをすっきりわかりやすく”

誰のための何であるのか?を常に意識し、
華飾のないデザインに見る人への優しさを込めることの出来る人。
すべての仕事に徹底された誠実で凛としたレイアウトは、彼女の人柄そのものでした。
僕はその美しさに何度心奪われたか知れません。

常にエンドユーザーとクライアントの間に立たされる僕らの仕事で、
誰のための何であるのかを片時も見失わずにいられる人は稀です。
その環境にあって彼女のその姿勢が一切ブレることがなかったのを目の当たりにして、僕はただただ恥じ入るばかりでした。



彼女は転職に際して「人に喜んでもらえることが私の喜び」と言い切りました。

誰のための何であるのか? 

デザイナーにとって、それが究極にはっきりする状況は、エンドユーザーがクライアントそのものであるという状況です。
彼女はそういう世界に飛び込んで行きました。
エンドユーザーとクライアント、その両者の利害の挟み撃ちや重点のバランスに思い悩まされることのない反面、
言い換えればそれは、逃げ場のない世界で自分のクリエイトを立てなければならないということ。
ひたすらに相手のことを思うことでしか成すことのできない大変な仕事です。
そこに魅力と甲斐を感じるという彼女は、本当にこの感情の深い人なんだと思いました。


論語における孔子の言葉です。

「これを愛して能く労すること勿(な)からんや」
(人を愛するからには、はげまさないでおれようか)

この言葉には諸説あるのですが、
愛しているからこそ、“労”させるのだ、という解釈と、
愛しているからこそ、“労”せずにはいられないのだ、という解釈。
前者の方がよく用いられる用法なのですが、僕はどちらでもいいと思っています。
どちらも正しく愛だと思うのです。
どちらも他者に対する思いやりのある関わり方だと思うのです。
それは接客に限らず、仲間や家族との関係全部そうです。

4年近く共に仕事をさせてもらって、いつも厳しくしていただきながら、
いつもいつも心を配っていただいたこと、僕は忘れられません。


【愛】
白川先生によれば、
後ろを振り返りたたずむ人の姿に「心」を加えて、
立ち去ろうとするのに後ろに心がひかれる人の姿を象っているのだそうです。
その心情を「いつくしむ」というのだそうです。

だけど彼女はやはり“行く人”なのです。
“愛深く心を配りながら、それでもなお行く人”なのです。

これから紡がれる彼女の仕事の旅行記が楽しみです。
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by chii-take | 2007-04-11 03:04
再開
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昨日ようやく新しいネット環境の整備が整いました。

地上7階。新しい部屋の窓からは若草山が一望できます。
実家にいたときは同じように窓から二上山を見ることができました。
どちらも山というより丘のようなものですが、
大和の魅力は四方を取り囲む山の稜線にある、と思う今日この頃です。

ヨメの聞いた話によると、
都会では大体10mくらいの焦点距離で人々は日々の大半を過ごしているのだそうです。
引越の日、大和路腺を下る電車の車中で、遠い山の稜線を二人で眺めながらそんな話をしました。
めずらしくこの引越に前向きな発言がヨメから出るのかなあと期待して次の言葉を待っていると、やや飽きれたような遠い目線で、ヨメは目の前の風景にこうコメント。

「田ァ田ァ田ァ山。田ァ田ァ田ァ山山。それが奈良。」

うん。そうだね。
相変わらず、するどい観察力です。
七五調でまとめていただきました。

引っ越してまる一週間が過ぎました。
通勤往復2時間半はすごくきついけど、
とりあえず滑り出しは順調です。

【開】
白川先生によると、この文字の鳥居のように見える部分は、両手で門の閂(かんぬき)をはずしている形を象っているそうです。
さてさてその先に何があるのやら…。
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by chii-take | 2007-04-08 17:43