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さよならだけが人生さ!
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前の会社を辞めてそろそろ一月。
いい加減、次の展望を明らかにしないといけない時期ではありますが、なんともよんどころのない事情で、まだ落ち着きどころの定まっていない日々を過ごしています。
ちいたけです。


先日、前の会社の同僚たちが、なんと三度目の送別会を開いてくれました。
招かれるまま、しばらく会っていなかった馴染みのメンツで戴くおいしいお酒。
いささか僕は酔っていたのかもしれません。
宴の終わり際、幹事を引き受けてくれた後輩が手渡してくれた二冊にも及ぶ同僚たちの餞別の色紙に、思わず目頭の熱くなる思いでした。

集まってくれたメンバーそっちのけで、食い入るように読み進んだ紙面。
その中に、あの「ここで帰ったらデザイナーちゃうで!」の部長の言葉を見つけました。

部長が記してくれたのはこんな言葉、

渭城朝雨浥輕塵
客舍青青柳色新
勸君更盡一杯酒
西出陽關無故人



有名な王維の詩です。

最後の二行。

君に勧む 更に尽くせ一杯の酒
西のかた 陽関を出づれば故人無からん


「西の陽関を出てしまえばもう酒を交わす友もいない。だから君、ここでもう一杯やって行こう!」

あの日の部長の気持ちそのままの言葉が記されていました。

その上で、この言葉には、
「お前はこれから親しい友のいない世界へ足を踏み入れるのだから、心して行けよ」
というメッセージも含まれているようで、なんだか身の引き締まる思いでした。

そしてその横に、これも有名な中国の漢詩に井伏鱒二があてた名訳を捩って、

「花に嵐」さよならだけが人生さ!

と記してくださいました。


親しい人との別離という寂しい出来事、別れを惜しむ思いを切々と詠い、
言外にその厳しさを語った上で、それを前向きに捉える感覚を示してくれた部長のセンスに舌を巻きました。
しかも、それだけのメッセージをなんとすべて引用だけで表現してしまうなんて!





でも、部長。
ひとつ言わせて下さい。
中国語でさよならは「再見」というのだそうです。

僕にとっては、出逢いこそがすべてです。
たとえ、わずかの時間の出逢いであったとしても、心が通い合いあったなら、それを忘れずにいられるなら、繋がりはすぐ袂にあり続けます。「故人無からん」なんて、ブログやSNSがある現代にはうまく響きません。

僕は思います。
出会えることが人生さ!

またお逢いましょう。いつか必ず。



僕も得意の「詩経」から好きな詩を引用します。長いので一部抜粋。

隰の桑有阿たり 其の葉有難たり
既に君子に見えば 其の楽しきこと如何

隰の桑有阿たり 其の葉有沃たり
既に君子に見えば 如何ぞ楽しまざらん


(中略)
中心之を蔵し 何れの日か之を忘れん



隰の桑はゆらゆらと垂れ下がっています。
既にあなたにお会いできていること。その楽しさにかぎりはありません。

隰の桑はゆらゆらと垂れ下がっています。
既にあなたにお会いできていること。嬉しくないはずはありません。

(中略)
心底慕うあなたのことを、どうして忘れられましょう。

(※石川忠久著 明治書院「詩経」の訳を参考に、僕の言葉で表現しています)





ちなみにこの言葉は、部長に対してだけ記したものではありません。
色紙に言葉を添えてくれたみなさん、そしてこれを読んでくれているみなさんに。
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by chii-take | 2008-01-31 05:15 | Comments(5)
魅入られることこそ
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およそ7年ぶりに室内楽のコンサートに行ってきました。
大阪シンフォニーホールで開かれた木村大のコンサート。
彼がギターを弾いている姿をはじめて見たのはいつのことだったかはっきり覚えていない。
たぶんこの映像の番組が放送されていた時期だと思う。
この曲はアンドリュー・ヨークが彼のために書いたギターのための超難曲「ムーンタン」

実は“いけすかないガキ”だと思ったのが彼の最初の印象でした。

クラシックギターに最初に注目したのは福田進一の演奏をはじめて聴いたときだった。
その教え子である鈴木大介や村治佳織の演奏に親しんでいく毎にその魅力にのめりこんでいって、村治佳織のコンサートには何度も足を運んだ。
だけど最近は仕事が忙しかったのもあって随分コンサートからは遠ざかっていて、最後に行ったのもシンフォニーホールでの村治佳織のコンサートだった。

今回久しぶりに時間ができたからチケットをとって聴きに行ったんだけど、その気になったのは昔贔屓にしていた演奏家のコンサートがきっかけではなく、その当時“いけすかないガキ”だと思っていた木村大のコンサートに興味を持ったからだ。

当時の彼の何が“いけすかなかった”のか?

彼はあまりに自分のチカラを知り過ぎているように見えた。
聴く者をねじ伏せようとするかのような技巧の数々。
超難曲にあえて挑戦し、そのすべてで通常より幾分速いテンポの演奏を試みた。
僕にはその姿勢が不愉快だったし、その演奏を味気ないものと感じていた。

不可解だったのは、僕も大好きな作曲家でクラシックギター界の重鎮ともいえる作曲家アンドリュー・ヨークが彼のために新曲を何曲も書いていたことだった。
ヨークが彼のために書いた“三千院”など、本当によい曲で、僕はそれを聴くためだけに何度も木村大のCDを聴かされた。

落胆させられる部分もあったけど、ヨークの新曲は毎回良かった。
何より彼の演奏技術がヨークの曲を輝かせていた事実は否めなかった。

僕の中で木村大の評価が一変したのは、そのアンドリュー・ヨークとのギターデュオのアルバム「California Breeze」がリリースされたときだった。
それまでの攻撃的な演奏は一変し、ヨークの胸をかりた木村大の演奏は、穏やかな表情に満ちていて本当にすばらしかった。

彼の成長の過程を一音楽ファンとして眺めたときに、僕はやはり“人”を思った。

アンドリュー・ヨークという人は彼の才能を知り、彼に寄り添い、彼との親交の中で、彼の本質の部分にまで影響を与えてしまった。
それを受け入れた木村大の器としての大きさも知ることができたし、何よりその演奏ではじめて彼のことを知る気になれた。
その段階に至ってやっと、もはやギターに愛されているとしか表現しようのない彼の演奏技術、一体感を素直に認めることができるようになった。あまりの自然さに呆れた。

僕は思う。
技術は才能ではない。
魅入られることこそ才能なんだと。

才能のある人間は一人にはならない。
道具からさえも愛される。


僕のような節穴は気づかなくても、すでに偉大な才能は、まだ開花していない若い才能を見逃したりはしない。
関われること、魅入られることこそチカラなんだと思う。
その出逢いをみすみす不意にすることさえなければ、あとは一緒に仕事するだけで作品は磨かれていく。

僕は木村大の演奏を間近に聴き、その才能の姿を確かめたかった。
今回のコンサート中盤に演奏された初期の代表作「ムーンタン」
彼はあえてその曲を完奏することなく、通常より短い編曲で演奏した。

伝えることの真実。
示すことの本義。
表現することの意味
をステージから彼は示してくれた。

僕はその演奏を聴きながら、自分に関わってくれた(くれている)様々な人の姿を思いうかべた。

一緒に勉強や演習に励んだ友達。
各分野でありとあらゆる手を使い僕を導こうとしてくれた先生方。
あまりに間抜けな失敗ばかりを繰り返す僕でも、飽くことなく仕事をしてくれた仲間。

彼らとの日々を僕は一切損なわずに今日まで自分の表現に活かしてきただろうか?
答えは簡単。あえて言うまでもない。


おそらく“いけすかない(かった)”であろう僕は今、何を表現できるだろう?
僕はまだ何も作ってはいない。
でも僕はまだ今もって独りではないから、諦めるのは早いのだと思う。
諦めてはいけないのだと、思う。
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by chii-take | 2008-01-26 04:32 | Comments(0)
若草山に熱湯
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d0105218_15564838.jpg今朝起きたらこんなことになっていた。

若草山スキー場?
いやいや、しかしソリくらいは使ってみたい。
きっと気持ちがいい。

「熱湯かけたらんなあかんな…」
と何やらヨメがキッチンで意味のわからないことをつぶやいている…。

ある冬の日のちいたけ家の光景。






…明日よりちいたけ家は3日間ほど東京に行きます。
僕、初東京。
TDL&TDSツーデイプラン。3日目は東京見聞の予定。
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by chii-take | 2008-01-21 16:02 | Comments(0)
とっても うれしかったこと
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キヤノンではじめて写真に日付を写し込めるようになったカメラだから…、
その名も「キャノデート」
手軽にデートにも持って行けるような、いつでも一緒に持ち歩いて欲しいカメラだから…、
その名も「キャノデート」


ふざけた名称です。ダサい。
でも確かにわかりやすい。
優れたネーミング。よいデザインです。

1970年の発売。
どうやら僕より年上だ。
入れられる日付は’92年までしか設定されていなかったから、
もうとっくにキヤノンの使用想定年数は過ぎていると思われる。
ずっと気になっていた…。
昔親父が使っていたカメラ。



「高い買い物やったのに、一度もよう使いこなさなかったんよ。この人」と母は言う。
オートフォーカスが出てから、ずっとお蔵入りしてしまっていたこのカメラ。
まだ僕が生まれる前から、僕の家族を見つめていた。

「ええレンズがついとったんやで。高かってんけど、思い切って買うたんや…」
親父は誇らしげに言うが、アルバムをめくっても確かにばっちし撮れている写真は少ない。


夏に実家に帰ったときに持ち帰った何枚かの写真。
まだ幼い自分と家族を見ながら、どうしてもこのカメラを手にしてみたくなった。
まだ捨てずに残っているのか、それすらもわからなかったけど、放っておく手はない。
単純に“ええレンズ”に惹かれたというのはある。
でも、ただ無性にこのカメラに会いたかった。

発掘作業は案外手間取らなかった。
机の引き出しにしれっと収めてあったのには多少驚いたけど、
高かったというからにはそれなりに大事にしていたと思われる。
わくわく胸躍らせてレンズキャップを明けてみたけど、そのとき僕はいくらか落胆した。
40mm F2.8のレンズ。(実は秘かにもう1段階明るいF1.4期待していた。高いというならそのくらい…)
おまけに一眼レフではなくて、これはコンパクトカメラではないか…。
憤慨やるかたない気持ちを抱えてはいたけれど、
ま、性能はともかく状態はキレイだし、まだ使えるのではないかと、持ち帰って近所のカメラ屋さん持って行く事にした。
実は手動巻きのカメラなんてはじめて手にするものだから、まったく使い方がわからなかったのです。



親切なカメラ屋さんは、薄〜い目を丸く見開いてカメラを見つめて、
「もう今はないタイプの電池を使うカメラやからなあ、そこが問題やなあ」
といいながら、おもむろにアダプターをとりだして、今の電池でも動くようにしてくれた。
なんだか古いカメラを触る慣れた手つきが、とても楽しそうだった。
何より初心者の僕に古いカメラの使い方を教えることを楽しんでくれているようだった。
終始笑顔。

いろいろ試した後、
「油が足りてないみたいやけど、シャッターは開いているから撮れる思いますよ」
と言ってくれて、
「ええレンズついてるし、使わんともったいないですな」
とニコニコと仰る。

(ええ? ええレンズか? これが?)

と内心動揺しながら、フィルムを購入。
入れ方もわからなかったので、
「最近写真をはじめたところで、デジタルばかりでやってきたんです」
と言い訳がましく言うと、
手際良く順序を説明してくれながら、実際にフィルムをセットしてくれて、
「フィルムはいろんな種類があるから、いろいろ試すと楽しくなると思うよ」
と怪しげな勧誘を受ける。表情は笑顔やのに目が真剣だった。

そうか、このお店はほとんどデジタルカメラばっかり並べてるけど、この人はフィルム派なのか…と思っていたら、
よく考えたら一定年齢以上の人でカメラを使ったことのある人は、みんなもともとフィルム派だったんだということに気づく。
だってそれしかなかったんだものね。



話は変わるけれど、
記憶媒体が違うだけとはいえ、本来デシタルカメラとフィルムカメラって違うものなんじゃないかと最近は思う。
写真のことを勉強すればするほどそんな気がして、同時にフィルムへの憧れは強くなっていった。
デジタルが悪いとは思わない。
ソニーも松下もよくやっていると思う。
ミノルタはそんな“電子機器”の競争についていけなくなったからカメラ事業をソニーに売却することになった。
でも、そういう時代の流れとは違うところで、『写真はあくまでも写真であった』と思う。

フィルムが写真の王道だと言いたいんじゃなくて、
だからといってデジタル路線が正しいというのでもなく、
ただより身近に、より美しい風景を記憶させる術をユーザーに与えること…、
それに注力した人々の努力を僕は嬉しく思う。
それはデジタルの分野でもアナログの分野でも。

僕が「こんな古いカメラやけど、フィルムを使いたいんです」と言ったら、
カメラ屋のおっちゃんは喜んで迎え入れてくれた。
「それはそれでいいんです」という声を聞いたような気がした。
正直ありがたかった。




カメラ屋さんに行った明くる日、
本当に撮れるのかと不安になりながら、僕はいつもの散歩道でカメラを構えた。
早朝の奈良。

親父を悩ませたピントは確かに合わせづらかった。
鈍いシャッターの音。
撮りきったあとに手動で回す巻き取りレバーの重み。
撮ったものの重さであると同時に、止まっていた時間の重みだった。

「撮れてない可能性もあるんですけど」と言って持って行った現像。
古いカメラを見て、なぜか受け付けてくれたおっちゃんも嬉しそうに微笑んでくれた。

結果はご覧のとおり。
ピントが甘いせいなのかどうなのか…、
とにかく柔らかい粒子の感覚を目の当たりにしたとき、デジタルのときにわずかに溜まっていた僕の不満は吹き飛んだ。
ああ、この感じはいい。
そんな感じ。
嬉しい。
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一番嬉しかったのは20年越しに、このカメラが僕の新たな家族を写し撮ったこと。
残念ながらその写真は(本人が嫌がるので)お見せ出来ませんが、
これからもこのカメラが僕の家族を見つめていってくれることに間違いはないと思うのです。
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by chii-take | 2008-01-18 02:21 | Comments(6)
それを本当にそう足らしめているものは
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デザインってなんだろうって、考え続けてそろそろ15年は経とうとしているけど、今でもそれは考え中。

技はまだまだ未完成で、
答えはいつでも途中経過で、
自信なんてこれっぽっちもないけれど、
なんとなく思うところはあって、
このままじゃいけないと思うようになった。

どっぷり“デザイナー”な人たちより、ちょっと斜交いからデザインを齧っている人の方が…、
いや、「デザインなんてさっぱりわかりません」って言ってる人の方が、
よっぽどすぐれたデサインを実践しているような気がして、僕には眩しかった。
一生懸命さほど、伝わってくるものはない。
そして一生懸命になれるものほど、価値のあるものは多かった。

ノンデザインが優れたデザイン。というトンチみたいな言葉を聞く。
「馬鹿を言うな」と、ときどき本気で腹がたつけど、

デザインを本当にデザイン足らしめるのは、デザイナーの技では決してないのだ

と、なんとなく僕は思うようになった。
確かに“技”は形を美しくするかもしれない。
でも、
わかっていなければ、それはただのモノに過ぎないし、
伝えようと思っていなければ、それはただの児戯に過ぎない。

見た目が9割なんて大嘘だ。
そんな9割、ものの1分で化けの皮が剥がれる。



美しいものの正体。
河井寛次郎はそれを、

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ありとあらゆる物と事との中から
見付け出した喜

----------------------------------------------------------------------------------

と表現した。


僕はもうデザイナーという肩書きや、デザインという作業、
それにこだわるのはヤメにしようと思う。

もちろん、だからって、ディレクターとか、プランナーとか、そういった言葉がほしいのかと言われれば…、
いやいや、そんなんじゃなくて、

「伝えたいことがあるんだ」

今はそれだけを胸に進もうと思う。
技の研鑽は怠らない。
でも、もうそれを誇りや糧にはしないと思う。
しょせん技は技。

なぜ描くのか?
その気持ちだけを大事に思おう。

30才。プータロウ。焦りは禁物。
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by chii-take | 2008-01-17 01:05 | Comments(0)
手で考え、足で思う
d0105218_1747370.jpg昨年末、一通の手紙が届きました。
いつもコメントを頂いているsouuさまからの手紙。
中には展覧会のチケットが2枚入っていました。
『関西代表作家展』という書道の展覧会の特別入場券で、
特別陳列として「河井寛次郎の書」を展示するというものでした。
どうやら僕が寛次郎のことに注目していることを知って送ってくださったものらしいのです。
souuさまとは、白川先生にご縁のある方だということで、友達を通じて紹介してもらった間柄で、まさか河井寛次郎のことでお手紙を頂けるとは思ってもみないことでした。

多くの現代作家の作品が展示されている中、その会場の一番奥のスペースに寛次郎の特別展示はありました。
目についたのはやはりポスターにもなっていた『手考足思』という書と陶の作品。
手で考え、足で思う。
寛次郎らしいこの言葉に心打たれると同時に、僕はこの言葉に聞き覚えがあることを思い出していました。
帰宅するなり開いた寛次郎の随筆集。
そこにはやはり『手考足思』という題名のこんな散文がありました。



--------------------------------------------------------------------------------------------- 
私は私を形でしゃべる 土でしゃべる 火でしゃべる
木や石や鉄などでもしゃべる
形はじっとしている唄 飛んでいながらじっとしている鳥
そういう私をしゃべりたい
こんなおしゃべりがあなたに通ずるならば
それはそのままあなたのものだ
その時私はあなたに私の席をゆずる
あなたの中の私 私の中のあなた


(冒頭部分)
---------------------------------------------------------------------------------------------




造形することの意味、
表現することの本質を、
寛次郎はいつもドキッとするような言葉で伝えてくれます。

考えること、思うことが、手や足、肉体を通じて、物質を通じて形になり、
それがどこへ繋がるのか?

人と繋がり、心と繋がり、摂理と繋がる。
いつか世界と混然となるような寛次郎の世界観が僕は好きです。

『手考足思』は以下このように続きます。




---------------------------------------------------------------------------------------------
私はどんなもののなかにもいる
立ち止まってその声をきく
こんなものの中にもいたのか
あんなものの中にもいたのか

あなたは私のしたい事をしてくれた
あなたはあなたでありながら それでそのまま私であった
あなたのこさえたものを
私がしたと言ったならあなたは怒るかも知れぬ
でも私のしたい事をあなたではたされたのだから仕方がない

あなたは一体誰ですか
そういう私も誰でしょう
道ですれちがったあなたと私


(途中抜粋)
---------------------------------------------------------------------------------------------



昨年の奈良引越にはじまり、僕の生活は今大きな大きな変化の最中にあります。
幾人かの人との出会い。
写真をはじめたことや、楽器を手放したこと。
デザインに対する考え方の変容。
すべては有機的な繋がりから発生したことです。
寛次郎との出会いもそうでした。
いや、そういう変化の中にあったからこそ聞く事の出来た寛次郎の言葉なのかもしれません。

いま心の中にある言葉は「ありがとう」でいっぱいです。
まだ僕は何を形づくったわけでもなく、何をやりとげたわけでもないので、本当はこの言葉を口にするタイミングにはありません。
でも、この寛次郎の言わんとしたことが「わかる」というだけで、僕は無性にうれしいのです。
そのことをわからせてくれた人に僕は心から伝えたい。

ありがとうと。

そして、あらためてこんな機会を与えてくださったsouuさまに感謝申し上げます。


河井寛次郎の『手考足思』は最後をこう締めくくっています。



---------------------------------------------------------------------------------------------
あれはあれで あれ
これはこれで これ
言葉なんかはしぼりかす

あれは何ですか あれはあれです あなたのあれです
あれはこうだと言ったなら
それは私のものであなたのものではなくなる

過去が咲いている今
未来の蕾で一杯な今

--------------------------------------------------------------------------------------------------------

そう。言葉なんかはしぼりかす。
さあ、写真撮ろ!
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by chii-take | 2008-01-13 18:11 | Comments(2)
Cute に Survive
d0105218_1533372.jpg今頃? という感じですが、
新年明けましておめでとうございます。ちいたけです。
行方をくらませておったわけではないんですが、しばらくパソコンの前にさえ座れない状況に落ち入っていました。

年末に仕事納めで帰宅した日から体調をくずし、大晦日に実家に帰ったはいいが、そこでダウン。
ただの風邪だと高をくくって、ヨメだけ先に向こうの実家に帰らせたのですが、いつまでたっても僕の熱はひかない。
携帯の充電器を共用していた僕らは、強制的に別行動をとらされたせいで、僕の携帯が止まってしまって連絡も不自由になり、ネットとも遮断される始末。
これはやばいと歯を食いしばって一人で自宅に帰ったはいいが、そのままベッドに沈没。
予定より早くヨメに帰ってきてもらって事なきを得たけど、半死半生の態で奈良をのたうちまわっておりました。
(この間組まれていた僕の予定はすべてキャンセル。多くの方々にご迷惑をおかけしました。K君ゴメン!)

仕事始めの月曜にようやく医者にかかったんですが、
予備問診票を見るなり医者が一言。

「この体重は最近減ったんじゃなくて元々?」
「はい(笑)」

これはいつものやりとりです。(^_^)



そしてレントゲンを見てさらに一言。

「汚いなあ…」
      (°д°;;)
(人の胸のうちを診て汚いと言われると傷つくものですよ…。まるで心が汚いと言われてるようで…)
でもこれもいつものやりとりです。

「タバコを吸ってないのは最初から?」
「はい」
「たぶん古い炎症の後やね」
「子供のときの肺炎の後やと思います…」


正月そうそうそんな記憶をつつかれるとは思ってもみなかったし、
こんなことを年明け一発目の更新で話題にするとも思っていませんでした。
でも、こうして年明け最初にパソコンの前に座っても考えていることはそのことばかりなんです。




僕が肺炎で入院したのは2才半の頃。
一ヶ月くらいは入院していたと聞いています。
2才半といえば、姉がまだ生きていた時代。
姉弟そろって気管支が弱く、喘息持ちだったわけで、母は同じ病を持つ子供二人を抱えて、家と病院を往復する毎日。大変だったろうと思います。

なぜ僕は生き残ったのか?

今までずっと考えてきたことだけど、医者に肺のレントゲンを診られる度に、いつも改めて思い起こされる。
今年は年初めにいきなりガツンとやられました。
僕にとっては何が不思議かって、この世界において僕がまだ生きて在るということが一番不思議なんです。それを再確認したのが年の初めというのも何だか意味ありげで、今年は何かがありそうです。

昨年はmixiの日記上で1年のテーマを発表しました。
「Wild & Sexy」
が昨年のテーマ。
どのくらい形にできたかどうかは知らないけれど、今年も新たにテーマを設けます。

一つは「Cute」
これは前々から考えていました。
かわいい30代おっさんを目指します。

もう一つは、

「Survive」

に決めました。
ちいたけは飽くまでも生き残ることにこだわります。

「Cute に Survive」

ちいたけの今年のテーマです。d0105218_1534991.jpg
家庭持ち男30才。現在無職。
まさにサヴァイヴァー。ちょっとまだ風邪ぎみ。
今年もよろしくお願いします。

写真は今年ヨメの実家から観に行くはずだった和歌山県太地の海からの日の出です。
もちろん僕の写真じゃありません。
ヨメが撮ってきてくれたものです。
実際に目にすることが出来なかったのは残念だけど、この写りにはまんざらでもありません。
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by chii-take | 2008-01-11 02:13 | Comments(4)