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君がいたから

君という人がいてくれたから出来たことがある。
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どんな偉大な人間が成したことでも、実はそういうことだらけのような気がします。
人はひとりで生きているわけではないのだから。

はじめてこのブログで写真をトリミングせずに載せたくなりました。
(イラっとさせちゃったらすみません。たぶんこれっきりです。)





【君】という文字は、白川先生よると「尹(イン)」と「口(サイ)」から作られた文字で、「尹(イン)」は杖を象った形で聖職者を意味し、「口(サイ)」は祈りの言葉を収める器の形を示しています。
なんだか右手に魔法の杖、左手に妖しげな器を持った魔法使いのような形ですね。
古くは主に女性に対して用いられた言葉で、神さまと交わることの出来た巫女のことをいう場合が多かったようです。
先生は『字統』の中で、解りやすいように日本における例として卑弥呼を挙げています。
「君」が後に「王」のことを示すようになった経緯はそのまま日本の歴史に現れているわけですね。

現代においても国を代表する者が、神さまと交わる“心”を持っているのかは甚だ疑問ですが、どうやらそういうことらしいです。
(あんまり言うと勘違いした人から政教分離がどうとか見当違いの指摘をいただきそうなのでやめておきます)



君という人から教えてもらったことは、いつだってかけがえのなく大切なものでした。
君がいるから、できることがあるのです。

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by chii-take | 2008-02-29 20:26 | Comments(5)
12年目の「卒業」
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今僕の机の上には70枚近くの写真が広がっています。
すべて預かりものの高校時代の写真で、ほとんどがスナップ写真。
何気ない日常の風景を捉えた写真から、思い出の光景まで様々です。
来月催される自分たちの同窓会のために、そんな思い出の写真たちを一冊のアルバムにまとめる作業を行っているのですが、愉快なことに自分が写ってる写真はほとんどありません。
魂を穫られるのを本気で恐れていたんじゃないかというくらい影も形も写ってないのです。
まず、自分では高校時代の写真を一枚も持っていなかったという時点で相当おかしいです。

写真を提供してくれた人が隣のクラスの人だったからというのでは絶対ないと思うのです。
今後同じクラスの人の写真が集まってきても、自分は写っていないだろうという絶対的な確信があるくらいですから。

やれやれ困ったものです。
いったいどんな学生時代を送っていたのでしょう?
呆れてものも言えません。


それらの写真を、時代別、シーン別に分類していて、ふと目に止まったのが、ある写真に焼き込まれた日付でした。

’96 2 23


ちょうど12年前の今時分の写真なんですね。
それは卒業式のあとの、最後のホームルームを終えてクラスを解散した後の写真でした。


みなそれぞれに思い思いの花束を抱え、みな一様に笑顔の写真。
輝ける未来を思い描いてか、一点の曇りもない笑顔たちです。
もちろん。もちろん僕の写ってる写真はありません。

華やいだみんなの写真を見ていて、不意にその日その時間、自分が何をしていたのか思い出してしまいました。
みんなが別れを惜しんで記念撮影に走りまわってる頃、僕は名残を惜しむこともなく、とっくに帰路についてしまっていたのです。
一人だったのか友達と一緒だったのか、そのへんは定かではないのだけれど、さっさと帰ってしまっていたことだけは確かです。

これでいいのか?

そういう自問は頭の中を駆け巡っていたけれど、あの日の僕はとっさに、
「もう一刻も早くこの場を退散してしまおう」
そういう選択をしていました。

かつての自分を弁護しようとは思いません。
なんとも付き合いの悪いいけ好かない男でした。

あの頃の自分がなんでそんな閉じた態度をとっていたのかは今でもよく判りません。
それが青春だと言ってしまえばそれまでです。
今思うと、(あの頃の行動全般のことはわからないけれど、少なくとも)卒業式のあの日については、僕がさっさと帰ってしまったのは、その場にいることが辛かったからなのだと思うのです。
どこかで、終わってしまう一つの時代があることを認めたくなかったし、別れを意識することを拒否していました。
弱かったのですね。
(そういえば大学の卒業のときもそんなやったな…)

今手元にある12年前の今頃の写真を見ていて、ここに写っている人たちはなんと強いのだろうと、そう思いました。
みな笑顔です。
心の中はどうだったのか、それはもちろん本人に訊いてみなければわからないことですが、少なくとも目に見える範囲で彼ら彼女らはみな一点の曇りもない笑顔なのです。
それを表現することがどんなに大変でどんなに難しいことか、
自然にそれが出来てしまう人は気づくことはないだろうけれど(僕が思うに多分そんな人はいないのですが)、僕はそんな人たちを心底スゴイ人たちだと思うのです。


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僕のネットの友達には幾人か学校の先生がいます。
最近の彼らの日記には当然のように「卒業」の二文字が出てきます。
当たり前のように毎年繰り返されている光景なんですよね。
誰にでも訪れる、何度でも訪れる、終わりの儀式。
社会人になればもうこんな気持ちは味わずに済むと思っていたのに、そんなことはないのですね。
僕は最近大学から考えたら8年ぶりに「卒業」を経験しました。

あの頃と違ってちょっとでも強く卒業を迎えられたか?
たぶん答えは否です。
思えば、僕は今まで一度でも潔く終わりを迎えることの出来たことがあったろうか?
何にも認めないまま、押し出されるように前へ、次のステージへ進んで来たような気がするのです。
でもどうやら…、今度はそうはいかないようです。

卒業の【卒】という文字。
白川先生によれば、右側の襟を前にした衣の形をかたどっていて、
亡くなった人の霊が、葬送の儀礼の前に肉体から出て行ってしまわないように、また、葬送の前に邪な霊がとり憑いてしまわないように、それらから亡骸を守った習慣を表しているのだそうです。

亡くなり逝く人を前にして、どうして笑顔でいられるでしょう?
僕には考えられないことです。
でも、無事に送り出した後には、笑顔を取り戻してこそ迎えられる新たな道があります。
それを知っている人はやっぱり強いのですね。

たぶん終わりと始まりのこの季節には笑顔こそがふさわしい。

「笑おう」
あの頃、よくそんなふうに声をかけてくれた友の声が今鮮明に蘇ります。
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by chii-take | 2008-02-27 02:43 | Comments(11)
仲良し^_^
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寒いもんなあ〜。
わかるぞ!その気持ち。

うん。ちょっとうらやましいかな…。
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by chii-take | 2008-02-26 00:06 | Comments(4)
親友の手
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お仕事でデザインをさせてもらうときには、作れないという状況に陥ることはまずありません。
でも、昔からそうだったんだけど、個人的な創作という作業には好不調の波というのか、極端なときには、描けない書けない撮れないという状況になることがままあります。
まあ、そんなわけで時折訳もなくこのブログが更新されなくなるのはそんなことだったりしたわけです。

誰が困るというものでもないので、そんなときは放っておけばいいのですが、
その間にも、自分の身には様々な出来事が起こるし、
どこか遠い場所で起こった出来事や、人づてに聞いた話が、整理されないまま自分の中に溜まっていって、
それらのアウトプットされることのなかった出来事が、自分の中で何がしかの意味に結びついたとき、
やっぱり僕は、とりとめもなくネットに向って語りはじめてしまいます。
そんなこんなで、結局意味もわからないまま、なしくずし的に脱してしまうのがいつもの僕のスランプの顛末です。

d0105218_3181098.jpg滞るときは不意にすべての出口が塞き止められてしまうのに、流れ出すときにはいろんな断片を必要とします。
写真もそんなものの一つで、滞っているときにはどれを見たってよいようには見えないし、何も語りかけて来ないものですが、
何かが心に引っかかっているときには、それらしい写真が目につくようになります。

それらを取り出して眺めていると、だんだんと言葉にしたいことが見えて来たりします。
写真は本当に不思議なものです。

そうやって眺めていて、今日はじめて気がついたことは、僕はほとんどの写真を逆光で撮っていたことでした。
いつでも画面の中に光ってるものをいれてしまう構図で、極端な話太陽に向ってカメラを構えてることが非常に多いのです。
デジタル一眼で撮ってるときはカメラがそれなりに調節してくれて見れなくもない写りになってたけれど、
フィルムで撮ることが増えた最近は、そのせいで失敗に終わってる写真がたくさんあります。
失敗といえば、何十分もの間空を見上げ続けて、ようやく雲の切間から太陽がのぞいた時、その瞬間を逃さずシャッターを切ったのだけれど、雲に隠れる前の太陽の位置とはすでに角度が違っていて、そのズレがたまらなく残念で、結局納得のいかなかった写真があったりしました。
ありきたりだけど、そのとき「一期一会」という言葉を思ったものです。
出会えそうで、出会えない光景というのがあるのだな。
道具や人に助けられて出会える風景。道具や人を知らなかったばかりに見過ごしてしまった風景。
どう見ても失敗にしか見えない無茶な逆光写真の数々を眺めながら、そんなことを思いました。



先日、といってももう一週間近く前の話ですが、ある人のお墓参りに行ってきました。

まったく知らない間柄ではなくても、僕とそのお墓で眠る人とは言葉を交わしたこともない、ただの同級生同士という間柄。
実際には幾人かの友達がその友達のお墓に参るのについて行っただけという出来事でした。

幾人かの友達の中には僕の親友も混じっていました。
僕は、彼とそのお墓に眠る彼女との間に、かつてどのようなやりとりがあって、二人がどのような間柄になっていたのかまったく知りません。
でも僕と違って彼が彼女と生前交流を持っていたことを、僕は彼女の死後数年たってから知りました。同時に彼が彼女の死をその時点で知らなかったということも知りました。

それが今から一年とちょっと前の出来事。

電話で彼女が亡くなっていることを告げたときの彼の反応といったら何とも表現のしようがないほど微妙なものでした。
そこには悲しいとか、それに代表されるような感情の類は一切なくて、代わりに掛け違えてしまったボタンを眺める幼子のような理不尽な出来事になす術もない無力感と戸惑いが漂っていました。
何年も音信がなかった知人の、それも何年も前の不幸の知らせに抱ける思いなど簡単には浮かびはしないのです。

それから一年の時間が過ぎて、彼女を含む高校の同期生の間で同窓会の話が持ち上がり、有志で亡くなってしまった彼女のお墓参りに行こうということになったとき、僕は迷わず彼にその話を持ちかけました。
掛け違ってしまったボタンが今どうあるべきなのか、時間が返ってくるわけではないけれど、少なくとも今僕のいる立場で僕にできることはそれだけでした。

雪の舞う日、男女6人の同期でのお墓参り。
小高い丘の上の霊園は、墓石と空、遠く山の稜線以外は何も見えなくて、そこは想像した以上に冷たく厳かな空気に包まれていました。
僕はお墓参りの間、ずっと親友の手を見ていました。
普段はおっとりとしていて、集団の中にいると率先して自分から行動しようとしない彼が、慣れた手つきでテキパキと墓参りの段取りを進めるのを見ていて、それがなんだか不思議だったのです。
雪の舞う中、何のためらいもなく冷たい水に手を浸して花立ての掃除をする彼の手は本当に美しかった。
あの日の電話でのやりとりの中で欠けていた感情の類が、すべて彼の手に宿っているようで、僕はなんだかしんとして彼の手を見てしまったのです。
掛け違ったボタンが正しい位置に掛けかえられて行くのを見る思いでした。
彼の手によって火がつけられた線香を分けてもらったとき、僕ははじめてそこに立っていることを許されたようで、ようやくリラックスすることができました。線香の香りがそうさせたのかも知れませんが、ほっとしてはじめてここに来てよかったと思ったのです。

それから近所のカフェで6人はしばらく歓談の時間を持ち、僕たちは再会を喜び合いました。
楽しい時間もあっという間に過ぎてしまって、結局その日、僕が彼の手に見たものはなんだったのか、僕は最後まで言葉にできないまま彼とも別れることになりました。

それから数日、ときどき思い返してはあのときの光景を不思議な神々しさと共に思い出していたのです。

偶然にもあの日親友の手に感じた美しさに似たものを、僕はその数日後テレビの中で発見することになりました。
毎年のように必ずチェックしている催しなんですが、それは何気なく観ていたバスケットボールの試合の中の光景でした。
毎年恒例のNBAのオールスターの試合です。
今年の開催地は2005年8月にハリケーン・カトリーナで多大な被害を受けた街、ニューオリンズ。
その経済効果が街の復旧に寄与することを願って開催されたものでした。

その光景はオールスター本戦の終盤にやってきました。
東西両軍に別れて争われるゲーム。
序盤の劣勢を挽回して東軍が逆転し、西軍の敗戦が濃厚となった第4クォーターに、
西軍の一人の若い選手がボールを保持し、その素早い動きで状況を打開して鮮やかなアシストパスをいくつも決めました。
そのとき会場の雰囲気が不思議などよめきと共に一気に変わりました。
何気ないゲームの一コマです。とくに変わったプレーでもありません。
ただ違和感があるとすれば、アシストパスを出した3年目のこの選手はまだ若く、全体のファン投票で選ばれた選手でもないので、試合終了間際のこのタイミングでコートに立っているような選手ではなかったことだけでした。
まして勝敗を分けるようなこの場面でその選手が長い時間ボールを保持し、命運を分けるプレーをチームから任されるような立場ではない筈なのです。
それでも彼はその後も自分からボールを要求し、一見無茶ともとれるようなカットインを繰り返し、周囲のスターにアシストパスを提供し続けていました。
オールスターといえば、どの選手もシーズンの成績に関係しないこのゲームでは、ケガに繋がるようなハードなプレイは控えるものです。
でもその選手はケガに臆するどころか、本気になろうとしない周囲の選手に葉っぱをかけるように挑発的なプレーを続けました。
面食らう周囲の選手やテレビの向こうの一般観戦者をよそに、会場はその若い選手のハッスルプレイに多いに盛り上がりました。
それもその筈。なぜなら、若いながらも彼は地元ニューオリンズのチームの看板選手で会場につめかけた多くの観戦者にとっては最も馴染みの深い選手だったからです。

徐々に西軍は彼を中心とした攻撃で波をつかんで行きました。
最初は面食らった周囲のスーパースターも彼を信じてボールを託し、彼の指示で動き、彼にフィニッシュを託されると、最大限の集中でそのシュートを決めて見せました。
アナウンサーも興奮気味に、これでもし西軍が勝てば、間違いなくその若い選手がMVPを取るだろうとはやし立てました。
3年目でオールスターMVPというのは異例中の異例です。否が応でも試合は盛り上がりました。

確かに状況からすればMVP狙いのスタンドプレーと取られても仕方のない目立ち方です。
実際にその若い選手がどう考えていたのかは判りませんが、結果としてMVPを狙っていたのは間違いないのだろうと思うのです。

でも僕は、彼が新々のスター候補として、他の先輩スターを出し抜いてまでMVPを狙っていたようには見えなかったのです。
どちらかと言えば彼は“受け身”だったように見えました。

このままでは西軍が負ける。
地元ニューオリンズで開催して、その地元代表で出場したオールスター戦。
彼は負ける訳にはいかなかったのです。
昨年は地元の街が都市機能を停止してしまっていたので、一年間隣のオクラホマシティーに本拠を移してシーズンを戦いました。
その間も彼のチームはニューオリンズ市民の声援を受け続けたし、彼のチームの勝利はニューオリンズ市民の勝利でした。
彼の一挙手一投足をニューオリンズ市民はその夜の試合会場で、テレビの向こうで見守っていました。
彼は負ける訳にはいかなかったし、彼の活躍がニューオリンズ市民に与える影響を彼は充分過ぎるほどに知っていたのです。

だからあの時、彼の足は他のどの選手よりも一歩早かったし、そのパスは遮られることを知りませんでした。
彼は自分のためではなく、与えられた役割に忠実にプレーを遂行しているように見えました。
その結果がMVPだろうと何だろうと、やらなければいけないことはする。
いや、たぶんそんなことさえ考えていなかったんだろうなと思うほど、彼のプレーは一途で神がかって見えました。
美しいと思ったのです。

おそらく来年も彼はオールスターに選ばれるでしょう。
でも今年ほどの輝きを彼が纏うことはもうないと思うのです。
そのことを彼自身よく知っていたから、彼は輝くことを恐れなかった。

試合の結果は、アメリカ全土の期待、いやバスケットボール界全体の期待を一身に背負った別のスーパースター(史上稀に見るKY!)が、若い才能のハッスルを打ち砕いて、東軍を勝利に導き、順当にMVPを獲得してしまいましたが、あの夜ニューオリンズの英雄が放った輝きを市民が忘れることはないだろうし、バスケットファンの記憶に永遠に刻まれることは間違いないのでしょう。少なくとも僕はもう忘れないのです。

話を急に身近なものに戻してしまって恐縮なんですが、
誰にでも、そのときその一瞬にしか与えられていない“役割”というものがあるのだろうと思うのです。
もちろん何かの加減で気づかないまま通り過ぎてしまった役割もあったはず。
もし運良く、その役割に気づくことがあったなら、迷うことなく、その役割に忠実にありたいものです。
たとえ後ろ指さされようが、多くの人に誤解を受けようが、自分自身で確信が持てなかろうが、そんなことは関係ないのです。

やらなければいけないと思ったらやる。
一途なその行動をこそ、僕はいつでも美しいものと思っているのです。
結果がどのようなものであれ、そんなことはどうやらどうでもいいことのようなのです。

あの日、みんなで同級生のお墓参りをした日。親友と別れた直後、彼から携帯でメールが入りました。
返信不要と断っておいて、僕に感謝を伝えてくれた彼の短い言葉が、あの日の僕にも、小さいながらも確かに役割のあったことの証明でした。
わざわざ返信不要と言わなくても、僕には返す言葉などありはしないのです。
そのお互いの立ち位置こそが、一年前掛け違えた僕たちのボタンの正しい位置でした。
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by chii-take | 2008-02-23 03:11 | Comments(5)
そろそろリベンジ
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今日はたくさんの人の中で人の話を聴きながら、自分もちょっと喋ってみる時間があったり…。
限られた人の中で人の話を聴き、控え目ながら自分もちょっと意見を挟むということをする時間があったり…。

ものすごい雪の一日だったけれど、
雪に閉じ込められるということもなく、あっちで滑り、こっちで滑りしながら、わりと充実の一日を過ごしました。
僕の突然の申し出に予定を変更してくれた人のあったことは大変申し訳なかったのだけれど、会えたことは単純に嬉しかった。
(ごめんなさい。そしてありがとう!)


待っているだけでも、与えてもらえる貴重な情報というのがある、ごく稀に。
アクティブにならないと、得ることのできない情報というのもある、ごく当然に。



どちらも人の話を聴くというだけのことだけど、どちらも口で言うほど簡単なことじゃない。
待つことには“待ち方”というものがあり、動くことには“動き方”というものがある。

その両方が出来てはじめて人付き合いの上手い人と言えるんだろうけど、
僕にはまだその両方が出来ていない。


今日話した人たちは、そんなことを知り抜いている人々だったのだと思う。


明日もまた、そんな「聴くことの達人」に会いに行く。
リベンジ
今度こそ達人の妙技を聴き出せるだろうか?

明日もまだ、この雪は残っているのだろうけれど、
そろそろ滑ってばかりのお喋りは卒業したいと思っています。
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by chii-take | 2008-02-10 01:22 | Comments(2)
わが心の師とも…
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このブログは今でこそ単なる僕の日記に過ぎないような内容になっていますが、
開設当初は、読んでくれた人に少しくらい「読んでよかった」と思える情報も盛り込もうといろいろ考えていました。
投稿してる記事の区分分けをしていないせいで、正確なパーセンテージは出ませんが、
それでもきっと全体の記事の6割から7割くらいで盛り込んでいる内容があります。

開設して、そろそろ一年。
僕がブログを更新する際は、その内容を盛り込むために…、いや、そうでなくても、必ずといっていいほどこの本が隣にありました。
白川先生の著作『常用字解』と、こちらは最近購入した『字統』という“字典”です。

甲骨文字の研究によって漢字の原初の意味に迫ったこれらの先生の著作から、僕は日々起こる様々な出来事を、僕なりに整理しうる意味を持った漢字を見つけ出し、その内容と出来事とを照らし合わせて感じるところをブログにしてきました。

幸いその内容に共感していただいて、まるで白川先生が繋いでくれたような繋がりを幾人かの人と持つ事が出来ました。
そのような繋がりから度々コメントを戴けるようになったsouuさまから教えていただいたことなんですが、
NHK教育テレビで今日から(PM10:25からの25分番組で)4週続けて、白川先生のことを特集した番組が放送されるそうです。詳しくはこちら

僕と白川先生は、実際にお会いしたことも、もちろん講演を聴いたことさえもない間柄です。
それでも、その著作を通して受けた影響、そのことから受けた恩を考えたら、
先生は僕にとって実際の師に匹敵する存在だと思っています。
そのような気持ちから、このブログではこれまでずっと先生のことを、親しみと敬意を込めて「白川先生」と呼ばさせてもらって来ました。
これまでも、この先も、ずっとこのブログでは白川先生は特別な存在でありつづけると思います。

もし、今までに僕のブログを読んでくださって白川先生に幾ばくかの興味でもお持ちになった方があれば、この番組、ご覧になってみてはいかがでしょうか。
おそらく僕の拙い文章では紹介しきれなかった白川文字学の魅力がたくさん紹介されることと思います。

失われた漢字の意味を取り戻すことで、新たに知らされる僕たち日本人の心のありよう。
それを見つめ続けた先生の真摯な視線。
それは周囲の非難も顧みず「それでも地球は回っている」と言いきったガリレイに匹敵する信念だったと思います。
はじめて白川文字学に接する人には目からウロコの内容も多いと思います。
僕も見ます。
「お前の話と随分ちゃうやんけ」と思われたらすいません。
保証はできませんが、おすすめしたい番組です。
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by chii-take | 2008-02-05 17:51 | Comments(14)
俺の友達にさ…
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生来人付き合いの下手な人間なので、あまり大勢いる方ではないのですが、
今日は友達について書こうと思います。

巷には知り合いの名刺を出し合って、その人物の大物っぷりで人脈の広さを競うような遊びがあるそうですが、そこまで下品なことではなくっても、
「俺の友達にさ、こんなスゴイやつがおんねん…」
という話は誰しもしてしまうものではないでしょうか?

ちょっと得意な気分になったり、でも、言ってしまったあとで、別に自分が大した人間というわけでもなかったことに気がついて、得意になった分だけ落ち込んだり…。

それでも止められないのが「俺の友達にさ…」な話だと思います。

あとで落ち込むかもしれないけど、やっぱりやってみようと思います。
やめられないことにはそれなりに理由があるからだと思うし、何より話したいという衝動をどうしても押さえることができないからです。


友達。


学校を出て、社会人になって、結婚でもしてしまえば、途端に会うことの少なくなってしまうのが友達という関係にある人々です。

実際友達とはあまり会っていません。
特別な用事があれば別ですが、暇だからという理由ではもう会えなくなってしまうのも、この歳になると友達に対して当たり前にそこにある現実です。

だから必然的に友達の近況というのはメールであったり電話であったり、どこか距離を感じる媒体を通して知ることになります。

極めつけが友達本人の意志に関係なく、他の媒体を通して漏れ聞こえてくる情報としての音沙汰。
これによって受ける刺激というのは他に例を見ないほどで、こちらの表情が当然相手に伝わらないものだから、思う存分自分の感傷に浸れるわけです。

この正月、テレビのコマーシャルは随分正月仕様の様相を呈していました。
どのメーカーも今こそ自社のアピールどきとばかりに、通常より多めのサイクルでコマーシャルを流すので、何度も何度も同じコマーシャルを目にすることになります。
繰り返し繰り返し挿入されるそんな大手メーカーのコマーシャルの中に、ある友人の仕事の一端が映し出されていました。

テレビ画面の中で“いい感じ”に演出されて登場する友の仕事。きっとその仕事だって日常の激務の中のほんの一端で、「華やか」なんて言ったら本人は「とんでもない」なんて言うんだろうけど、
片やこちらは風邪に取り憑かれて寝込み中のおっさん失業者です。落ち込めるだけ落ち込ましてもらいました。

しかもその仕事の一端は(もちろんデザイン系の仕事なんですが)、かつてまだとても近い距離にそいつが居た頃の彼の感性がそのまま投影されていたので、僕はなんだか懐かしくなるのと同時に、その当時の自分も頭の中に蘇ってくる感覚があって、そいつが今の自分を見ているようで、ちょっと辛かったりもしたんです。

嬉しいという感覚があるのかどうなのか?
ないとは言わないけれど、嬉しいとはちょっと違ったのです。
悔しいか?
それもまた違う。そんなに小さい人間でもないのです。


今日掲載した写真。
これは実は夏に撮っていた写真です。ちょうどこの日記に書いている出来事があった日の夜、僕はある友達に会っていました。そのときに撮ったものです。

作品を見てくれということで夜分に二人で行ったファミリーレストラン。
そこで見せられた作品がこの物体でした。
本人の希望もあってこのときは日記に書きませんでした。
なぜ書いてはいけないのか本人に問うと、その作品をある国際コンペティションに応募するからその結果が出るまでは不特定の人の目に触れさせるわけにはいかないと言うのです。

まあ、もっともな話だったので、僕はこの作品にとっても感銘を受けたのだけれども、そのことについては一切ブログ上でも触れず、写真もよく撮れていたけれどお蔵入りにしていました。

そして昨日、その友達から電話がかかってきて言うには、「入選した」とのことで、僕は早速このブログでの紹介を再度申し込みました。

くどいようではあったのですが、それも上に書いたような、やっぱり活躍する友のことは話がしたいからなのです。

もう結果が出たんだからいいようなものの、当人曰く主催側の許可もなく掲載してもいいものか不安ということなので、こんなボケボケ写真になってしまいました。

それでも話したいのです。もう、この気持ちは何なのか自分でもよくわかりません。

彼の言う主催側というのは、それはもう有名な団体なのです。
過去の受賞者の名前を見ると、葛西 薫だの、中島英樹だの、仲條正義だの、松本弦人だの、野田 凪だの、佐藤可士和だの、それはもう錚々たるメンバー。慎重になる彼の気持ちはわかります。

とりあえず入選ということなので、まだ何らかの選好が重ねられるのかどうなのか定かではありませんが、募集要項によると少なくともその団体の年鑑に掲載されることはもう間違いないようなのです。
いつの日か上に書いたような、この世界のスターの列に、彼の名前が並ぶのではないかと、それはもう僕は気もそぞろなわけです。

僕は別にそこに自分の名前を並べたいわけでも何でもないので、別に羨ましいとも何とも思わないのですが、彼の名前ならそこに並んでいたらやっぱりいいなと思うのです。

この気持ちは何なんだろうと考えます。

僕はやっぱりいくらか得意気にこの日記を書いています。
でもそれは自慢ではないのです。
だって自分のことではありませんからね。

自慢でないのに、この鼻高々な気持ちは何だ?

久しぶりに白川先生の本を開きました。

僕は一つの可能性を思ってひとつの字を調べました。
調べた字は「誇」です。
この字の原初の意味に、この気持ちの正体が隠れているのではないかと思ったのです。

意に反して「誇」という字にはいくらかネガティブな意味が宿っていました。
元の字は「夸」で表されており、これは「おごり」と訓される文字なのだそうです。

確かに孔子などは己の能力を誇ることを最も忌み嫌った人です。
漢字文化にそのような価値観があるのは周知のことでした。
いいえ、漢字文化圏のみならず、そういえばキリスト教の世界でも「pride=高慢」「jealousy=嫉妬」は七つの大罪の一つにも数えられていましたね。

でも僕は思うんです。英語で言うところのproud“誇りに思う”という気持ちは、それを他者に向ける限りは、なんら後ろめたいことではないんじゃないかと。

それは嫉妬でも高慢でもなく、僕はほんの少し「寂しく」「嬉しく」「切なく」「楽しく」なりながら、彼らを思うのです。ドキドキもすれば、ワクワクもしています。

自分のことのように思うのは間違いかもしれない。
でも、嬉しさも切なさも寂しさも、全部そこから来た気持ちなんです。
そんな行きどころのないような気持ちをちょっと脇へ置いておいてゆっくり自分の気持ちに整理をつけたとき、そこに見えてくる言葉はやっぱり「誇りに思う」という言葉でした。

友よ。やはり僕は君たちを誇りに思うのです。
たとえ君たちがどんなに謙遜しようとも、はたまた、どんなにその成果を笠に着て威張り散らそうとも、変わらず僕は誇りに思うと思う。
だから、どうか、また会える機会があるのなら、変わらない笑顔を見せて下さい。
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by chii-take | 2008-02-03 00:21 | Comments(9)