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遠く、遠く
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すがたは見えないのだとしても、ひとりだとは、とうてい思えない。







【孤】
白川先生はこの文字について、まず中国最古の漢字字典『説文解字』を引いて、
「幼くして父を失ったみなしご」のことをいったのだとしています。
また、いにしえの王が、自らのことを称するときも謙遜して【孤】と言ったのだと記しておられます。

いにしえの王が、自らを何から引き離された存在だとアピールしたかったのか。
白川文字学に親しむとそれをよく知ることができます。
でも僕は、自らが「孤」であることを知っていた王は、本当の意味ではもう孤独ではなかったのだと思うのです。

王の心には多くの自分を支える存在がありありと感じられていたに違いありません。
それは命あるものも、そうでないものも。
言葉を話すものも、そうでないものも。
自らを愛しくれるものも、また憎んでいるものさえも。
変わらずそれらが自分を支えている。
たとえどんなに遠く引き離されたのだとしても。

僕にはそう思えてならないのです。
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by chii-take | 2008-03-28 01:28 | Comments(2)
みんな揃って、光の中で
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心臓を悪くしていた義父の血管バイパス手術が、先日無事に終わったと連絡がありました。

若い頃に重機械を扱う会社を興し、25歳のときにはすでに実家の家屋を自らの手で建てていたというお義父さん。
初めて挨拶にうかがったときには、想像通りの豪傑っぷりに僕は竦み上がる思いだったのを覚えています。
手土産に持っていった一升瓶を「おう」と一声上げて片手で掴むと、事務所になっている一階の応接ソファを指し、「まあ、座れや」と仰るのです。

ええ?ここで?と思いながらソファに座ると、それからお義母さんに「まあまあ、そんなところじゃなくて、上へ上がってもらったら…」という言葉をいただくまで、ずうっと「生きた心地がしない」という状況が続いたのを昨日のことのように覚えています。

あれから4年。
僕が初めてお会いした時点で、若い頃に比べたらもう随分と丸くなっていたと言われるお義父さんですが、1年ごとにさらに確実に丸くなっていく様子を、僕は幾分寂しさを感じながら見ていました。

片や僕の親父といったら30歳前後で何度も転職を繰り返し、母に「うちは貧乏だから」と言わせ続けた甲斐性なしの男です。
(僕の現状を鑑みるに血は争えないというのを実感している今日この頃なのです。…でも僕は50を過ぎてついに一戸建ての新築マイホームを買った父をいくらか…、いや、実はとても尊敬しているのです。)

そんな対照的な道を歩んできた二人の父ですが、いくつか共通していることもあります。
それは「嗜むという感じではけしてないお酒を多いにいただくこと」と、「一日に40本を越えるタバコを吸うこと」。
そして同じく終戦の年に生まれたということです。

義父の血管の疾患は、気がつかないレベルで徐々に進行したもので、周囲の毛細血管が痛んだその血管の代わりに血を運んでいたため、日常の生活には大きな支障をきたさなかったのだそうです。
そのため痛んだ血管の状態は気づかれぬままに悪化してしまい、検査の結果で出た数値はお医者さんにも信じられないような数値であったのだそうです。

昔からほとんど風貌が変わらず今も飄々と過ごしている僕の親父ですが、同じように気づかないところで確実に何かは歩みを止めずにいるのでしょう。

義父の手術が成功して、ひとつ心に決めていることがあります。
今度の夏、ヨメの実家に帰ったときには、義兄姉家族、甥っ子姪っ子まで含めてなるべく全員で家族の写真を撮ろうと。
何も写真館まで足を運ぶ必要はありません。セルフタイマーで僕が撮ればいい、いや、僕が撮りたいのです。
ヨメの実家だけじゃなくて、僕の家でも撮ろうと思います。もちろん猫も入れて。
そうしてそれは毎年続けていこうと思うのです。
それぐらいしないと僕が日々カメラを持って動き回ってる意味なんてないような気がします。

余談ですが僕の家には本当の家族写真がありません。少なくとも僕は見たことがないのです。
僕が生まれてから3年の間、姉がまだ生きていたその時間の内には、もう家族写真など撮ってる余裕はなかったのかもしれません。
とにかく一家四人で一つのフレームに収まっている写真を僕は見たことがありません。

義父のことや姉のことを考えると、一人二人のスナップ写真ではなくて、一枚でみんなが写ってる家族写真を毎年毎年残していくことが、家族にとってどんなに大切なものを作っていくことになるのか、想像することは容易でした。

そう思うと…、
それを想像すると、

もう撮らずにはおられないんですね。



今日は記録の【録】という文字について書こうと思います。
白川先生はこの文字について、まず中国最古の漢字字典『説文解字』を引いて「金の色なり」としています。
もともと「金属性の光」を意味したこの文字を用いて、広く「しるす」の意味にも用いるようになったのは、当時の記録が青銅器などの金属の器に刻印するものであったためだといいます。

出来事を光に記す。光で出来事を残す。

なんだか写真に通ずるところがあるようで、この文字の成り立ちを知って僕は少し嬉しく思いました。


d0105218_3201221.jpg最後に僕の今の風貌を知っている人は必見です。
家族みんなの写真ではないけれど、おそらく家にある僕と姉の最後の写真です。

いいですか?
似てるけど右に写ってる細面の人が僕ではありませんよ。
左に写っている丸々とメタボっている坊ちゃんがなんとです。
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by chii-take | 2008-03-21 03:22 | Comments(8)
そこにあるもの
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少し、お時間を下さい。
たぶんいつも以上に時間のかかることを書こうとしています。
でも損はさせません。いい話です。

いい話というのは僕がこれから書こうとしている話ではありませんよ。
僕がこれから紹介しようとしている「人」の話がいい話だからです。
損はさせません。
だから、今日はいつもより多い目に時間を下さい。


上原ひろみというジャズピアニストを勝手に宣伝します。
有名な人なので知っておられる方もあるかもしれないですね。
僕が今まで聴いた中で最も心動かされたピアニストです。
クラシックでもポップスでも、今までこんなに躍動感と煽情感のある鍵盤を聴いたことはありませんでした。

先日就職活動で面接に向うとき、不安で仕方なかった駅での待ち時間の間に、携帯プレーヤーでこの人の演奏を聴いていて、僕はどれだけ勇気づけられたか知りません。

面接が終わった後、厳しい現実を目の当たりにして、未来への不安に駆られながらトボトボと国道を歩いていた帰り道、歩きながらこの人の演奏を聴いていたら、今度は泣きそうになってしまいました。

無理矢理励ますようなエネルギーに満ちた演奏にではなくて、寄り添うような近さを感じて驚いたのです。
彼女の演奏を聴きながら、まるで反対に落ち込んでいる僕の話を聴いてもらっているような気分になったのです。
裸にされたような、素直にさせてもらったような…。
そんな思いでした。

いや、そんな僕のつたない紹介より、彼女自身の言葉や演奏を感じてもらう方がよさそうです。
それが本題でした。


まずはこちらをクリックして下さい。彼女の演奏が聴けます。
そしてそれをBGMにして、こちらの文章を読んでみて下さい。彼女の公式ホームページ上の日記風のテキストです。
世界を股にかけて演奏旅行をする彼女の日常が垣間みれる興味深いエピソードで溢れています。


天は二物を与えないとか言いますが嘘ですね。
彼女の文才には驚かされました。
僕は今では彼女の演奏のみならず、文章のファンにもなってしまったほどです。

「そこにピアノがあるから」

有名な登山家のセリフを捩った言葉ですね。


昔、学校からの帰り道に親友といろいろと話をしていて、当時まったく本を読まなかったそいつが、ある日珍しく本を読んだと言うから、どんな本を読んだんだい?と聴いたら、登山家の話であると言いました。
そして「そこに山があるから」と言ったある登山家の言葉を教えてくれました。

登山家はなぜ山に登るのか?
そこに山があるから。


僕はその話がおかしくてたまらなくて、そのとき爆笑してしまったのです。
何がおかしかったかというと、その言葉に真剣に心底感銘を受けていた親友のその真面目な様子がものすごくおかしかったのです。

僕はその当時から親友のファンでした。今でもそうです。
彼の作るものはいつでも純粋でした。
「だけど」とか「でも」とか「仕方なく」とか「あえて」とか、そういうあらゆる行動の“動機”に付随する“但し書き”のようなものがまったく存在しないのです。
悪く言えば融通が利かないと言うのですが、よく言えばそれだけ自分の直感やイズムに絶対の自信があったのですね。
僕はそんな彼の強固な信念にいつも嫉妬し、同時に尊敬していました。
いったいどんな思考回路を持ってすればこんな人間が出来上がるのか?

その答えが「そこに山があるから」だったような気がして、僕は呆気にとられて、同時にこれは適わないと思ったのでした。
笑わずにはいられませんでした。お手上げだったのです。
僕たちにとっての山とは何なのか?
僕にはそのときそれがよく判らなかったのです。

今はどうなのか?
わかったとは言いません。
でも僕はその言葉を聴いたときから、いつの時代もどのステージでも「そこに山があるから」という言葉を忘れたことはありませんでした。
簡単に言葉になるようなものではないのですが、なんとなくわかったような気がしていることがあって、それが上原ひろみのこのエピソードには表現されているような気がしたのです。

文章の後半、彼女の側に近寄って来た初老の男がこう話しかけます。

「君を見るのは3回目だ。君の事が大好きだ」
「一度目は、オルビェト、二度目は、ペルージャ、そして、 とうとう僕の街まで来てくれたね」


なんだか壮大な運命を感じる台詞ですよね。
彼女がプロになって初めてのステージに立ち会い、そしてファンになった男の住む街で5年後偶然開かれたコンサート。
そこでの出来事を彼女は「そこにピアノがあるから」という言葉で締めくくりました。

先日のこのブログのエントリーにいただいたコメントの中で、思いがけず「ファン」という言葉を見つけて、僕はそれからいろいろと考えていました。
ほとんど同時に彼女のこの話を思い出していたのです。
「ファン」というのは大袈裟な言葉ですが、果たして僕の表現を最初に好んでくれた人というのは誰なんだろう?
おそらくプロ…というか、まあそれでお金をもらうようになってからの僕の表現で、それを最初に好んでくれたのはきっとヨメなんだろうと思うのです。
いつも最も近くで僕が何かを作っているのを見ていた人ですから。

でもそれを最初と言ってしまうと何かが違うと思うのです。
まだお金をもらう前から、僕たちはいつも何かを表現してきたし、きっとそれを好んでくれた人もいた筈。例えばプロになってからの仕事はほとんど知らないのに、僕が今も親友のファンであるように。



14歳のとき、僕にデザイナーになることを勧めてくれたのは母でした。
10歳かそれよりもっと前、毎日のように僕にアニメの人気キャラの絵を描いてくれとせがんできてくれる友達がいました。
ちょっと勿体ぶって描いてやる風を装いながら、僕はそいつのためにあらかじめ自宅で何十枚もの絵を用意して学校に持って行っていたものです。
あれから何年たつのかわかりません。


彼女は文章の最後に「そこにピアノがあるから」と記す前に、

5年経っても、私を見に来てくれた。 このおじさんに恩返しをする意味でも、ここに来れて良かった…

と記しています。


小学校のとき僕をおだててどんどん絵を描かせてくれた友達や、
僕に地獄へと足を踏み入れる引導を渡してくれた母。
ずっと一緒にデッサンの練習をしてくれた親友。
深夜家に帰ってもずーっとデザインのことばかり考えている僕を、ときどきは怒りながら、それでも温かく見守ってくれたヨメ。

僕はそんな人たちにどんなことをすれば、どんなことをし続けていれば恩返しができるのでしょうか?


「そこに◯◯があるから」


その言葉にすべての答えがあるような気がするのです。
鶏が先か卵が先か?
そんなことは問題じゃありません。


まずそこに力ありき。そして同時に、そこに感謝ありき。



d0105218_444660.jpg引用も含めて長々とお時間をとらせてしまいました。すみません。
最後にもう一曲だけ紹介させて下さい。
「そこにピアノがあるから」と言う、彼女のピアノの演奏です。
こんな風に表現ができたらいいなといつも憧れているのです。
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by chii-take | 2008-03-17 04:12 | Comments(0)
過去も未来も たとえ夢でも
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夢を見ました。
たくさん、長い間、夢を見ていました。

今はもう簡単には会えないけど、
いつでも会いたいと思っている人たちと、
いつのまにやら、なんだかんだでランデブー。

夢とはいい加減なもので、
いい加減だからよいもので、
昔の知り合いから、同級生、前の会社の同僚まで。
僕にとってのオールスターが総出演。

何の話をしていたかというと、
ずっとずうーっと、デザインの話
憧れのクリエイターの話や、
めんどくさい得意先の話。
その人ならではの場所や話題で、
時間も空間も取っ替え引っ替え、
ひたすらデザイン。


朝起きて、自分がどれほどデザインのバカであるかを知って嬉しくて、

ずっと会いたかった人と本当に話せたような、

香るようなかすかな記憶が嬉しくて、

僕はめずらしく朝からウキウキ。


失業中の身ですから、就職活動というのは鋭意継続中なわけでありますが、
数日前ポートフォリオを送っておいた目標の会社から、午後一に連絡が入りました。



「さっそく、お会いしたいのですが…」




決して事務的ではない明るい声音。


「さっそく面接に移りたいのですが…」とは言われなかったことが無性に嬉しかった。



過去も未来も、会えるって嬉しい。


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(すべった場合! この話は笑い話ということでお願いします。よろしく!)
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by chii-take | 2008-03-08 02:02 | Comments(10)
同時にキラキラ光るもの
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一週間も前の話…。

と書いて、なんだか僕のブログはいつも一週間遅れの話ばっかりだなあと思いました。
出来事が言葉になるまでに、いつもそのくらいの時間がかかります。

一週間前、同級生3人と連れ立って、篠山まで行ってきました。
陶芸家として篠山に工房を構える一人の同級生が、今度の同窓会には来れないと言うので、幹事3人工房を訪ねてその様子をみんなに伝えようというわけです。

でも、どうやらその目論みは失敗に終わったような気がするのです。

3人のうち一人はビデオカメラを構え、もちろん僕も愛機α100(デジタル一眼レフカメラ)を抱え、なるべく多くの同級生に陶芸家として活躍するその同期の姿を伝えようと真剣にファインダーを覗いたんですが、あの日の光景を思い返すに、僕はその日一番のシーンをカメラに収めることができなかったように思うのです。

いや、そもそもデジタル機器なんかに採取記録できるような類のものではなかったような気さえするのです。
人の歩んできた道のり、その獲得してきた宝物など、何ほど記録し、伝えうるものでしょう。
その場で目を合わせて、話し、声を聞き、その瞬間を捉えなければ見えないものがあります。



片手で数えるくらいではあるけれど、

何年も連れ添った若い夫婦が二人、

思い出話をその友人に聞かせている最中に、

同時に瞳をキラキラさせるのを見ていました。




僕が一瞬、呆気にとられ、呆然と見送ってしまった、
いわゆる決定的瞬間というやつでした。

僕はもう12年以上も前に、「陶芸家になる」と言ったその同期の言葉を確かに聞いているのです。
何ものにも歪められることのなかったその直線の美しさを、
その直線に連れ添った夫人の覚悟を、その苦労を、
僕は一切トレースする術を知りませんでした。

あんなにはっきりとキラキラ輝いていたのに。



【愛】
白川先生によれば、
後ろを振り返りたたずむ人の姿に「心」を加えて、
後ろに心を残しながら進む人の姿を象っているのだそうです。
その心情を「いつくしむ」というのだそうです。
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by chii-take | 2008-03-08 00:11 | Comments(0)