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合い言葉
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「山」といえば「川」

たとえばそんな感じでアイツが「影」と言えば、
瞬間的にそれが意味するもののことを思い起こす。
その言葉の使い方を知っている者同士ではじめて意味が通じる不思議な言葉。

それはもう言葉じゃなくて繋がりそのもの。

たとえばアイツが「怒り」と言えば…。
たとえばあの人が「色」と言えば…。
あの人は「エロ」という言葉を恥ずかしげもなく用いるし、
僕とあそこのあの人の間では「スター」といえば、にしきのあきらのことではない。
こんな僕でも、たまには「Fuck!」と口汚く罵ることもあるし、
あの人と一緒のときには「クソくらえ」くらいの言葉は平気で口にしたりする。

でも、額面どおりには受け取らないで。
みんなが使ってるそういう意味で言ってるわけじゃない。


ごくごくありふれた簡単な単語でも、
その本当の意味するところは、その言葉を投げ合う者にしかわからないことがある。

ときにはウィットに富んだジョークを含んで。
ときにはこれ以上ないほどの切実な祈りを込めて。
あるいは、心の底からの深い深い思いを込めて。

そんな隠れた言葉の意味は、いつだってなかなか他人には説明できないもの。

人間の思いの複雑さに比べれば、圧倒的少ない語彙の中で、
ようやく絞り出した隠語に気持ちを込めて、
その意味を共有し得た者だけに安心して使える言葉。
そんな言葉があると思う。

僕は話すことが得意ではないけれど、
合い言葉の数はできるだけ増やしたいと思う。

ほらほらよ〜く聞いてごらん。
あの人の言ってるあの言葉は、みんなが知ってるあの言葉の意味ではないよ。
言葉は生きているんだ。
言葉はオリジナルなんだ。
辞書なんかは通用しない。
これは一対一のクリエイティブ。

それが合い言葉。
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by chii-take | 2008-05-30 02:00
時を忘れて
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時間が過ぎるのを忘れてしまうほど、というのは若者の特権だ。とまでは思わないまでも、

こういうのは若者の特権だと思う。


楽しいことばかりではない。
切ない時間もあるだろう。

でも、時間は操れないから、

ただ座っていることが、
最高の過ごし方であるということを、
彼らは知ってするのか知らずにするのか…、

とにかくこの方法論を実践することのできるごく限られた人種が彼らなのだと、
僕はある日の夕方、通りすがりに思っていた。
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by chii-take | 2008-05-26 00:17
再生する力
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高校生の頃に「五千回の生死」という宮本輝の短編小説を読んだことがあります。
一日の内に何度も何度も死にたくなったり生きたくなったりするという男と、主人公ぼくとの一晩の邂逅を描いた短編小説でした。

いっそコミカルなほど、ころころと、死にたくなったり生きたくなったりを繰り返すその男の陽気な語り口調に、重いテーマを抱えているはずの小説を愉快な気持ちで読んだことを覚えています。

ごくごく普通の日常を暮らしているだけでも、
“ろくでもないこと”というのは、それこそ掃いて捨てるほど起こるもので、
だからといって死にたくなるような出来事でもありませんが、
そのひとつひとつの“ろくでもないこと”が溜まりに溜まる夜半過ぎには、いささかうんざりした気持ちにもなるものです。

でも不思議とその“ろくでもないこと”というのは、明くる朝にはすっかり忘れているか、あるいは整理がついているもので、その度に、なんとも人間の心というのは丈夫というか都合のよいように働くものだなあと思ってしまいます。


高校生の頃、「五千回の生死」とはまた大袈裟な表現をするなと思っていましたが、そんなすっきりした朝を迎える度、一日一日、僕たちは確かに死と再生を繰り返しながら生きているのだあと思う今日この頃であります。



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「俺は知ってるんや」
「何を」
「五千回どころやない、五万回、五十万回、いや、もっともっとかぞえきれんほど、俺は死んできたんや。猛烈に生きとうなった瞬間に、それがはっきり判るんや。その代わり、死にたいときは、自分の生まれる前のことは、さっぱり思い出されへんねん。何十万回も生まれ変わってきたことが、判らへんようになるんや」

(中略)

「…ものすごう嬉しい気分や。死んでも死んでも生まれてくるんや。それさえ知っとったら、この世の中、何にも怖いもんなんてあるかいな。…」

(中略)

俺は、そいつが生きとうなって、目を輝かせて、
「死んでも死んでも生まれてくるんや」
というのを聞いているうちに、自分までが嬉しいなってきたんや。そいつが言うたびに、
「そうかァ、そらよかったなァ」
本気で相槌を打っとった。

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人は忘れることによって生きていられるということをどこかで聞いたことがあるような気がします。

白川文字学において【忘】とは、「遺失」や「忘却」の意味とは少し異なり、
「忘我の境地」という使われ方に表れているように、「意識に存しないこと」というのがその原初の意味であったといいます。
孔子や荘子、顔回など、中国の聖人の多くはその【忘】の境地を好んだとされています。

人の亡骸を表した「亡」の形に「心」をつけて【忘】。
それってもしかして、死者の心?

まるでその境地においては、生きていることも死んでいることも大きな違いではないのだよと、中国の聖人たちがなぞなぞを吹っかけているようですが、そんなに難しく考えることもないような気がするのです。

僕たちがただ烈しく、生きたいと思うとき、それは反面、そのためなら死んでもいいと思っている瞬間であるような気がするのです。

自分の命を賭してまでそれに打ち込んでいるというような大袈裟なことではなく、

ごく自然に、自分がそうしなければいけないのだと、そのために生まれて来たのだと知ってしまう瞬間であると思うのです。
そのための命が繰り返し繰り返し、何度も何度も与えられているのだと確信する瞬間です。

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最近、毎朝のように今日こそ納得のいく仕事(デザイン)をと思って家を出ます。
前日の出来事や、つたない成果に落ち込んでいるわけではなく、
そのためにこうやって生き返ってきたのだと、はっきりと感じとることができるからです。

会社で年下の主任さんに、前に習ったことのある仕事のやり方を、
「すいませんド忘れしてしまいました」と、もう一度教えてもらわないといけなくなったとき、死にたくなるような恥ずかしさを覚えますが、そんなろくでもないことも一晩経てばきれいさっぱり忘れて…。




ん?
いやいや。
そうじゃなく。



自分は何のためにここに居るのか、それが日常という空間の中で、空気の存在のように自然と感じ取れるならば、人は何度も何度も死と再生を繰り返すことのできる不死鳥のような生き物なのだと僕は思います。
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by chii-take | 2008-05-25 23:26
名を持たぬあなたに
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僕にはあなたの名前をあらかじめ考えておくということが、どうしてもできませんでした。

男の子だったらどう、女の子だったらどう…。

僕にとっては名づけられた時点でそれは命だから、
まだこの世界に顔も見せていないあなたに、僕はあらかじめ名を用意しておくということはできませんでした。

それはもしかしたら、もしものことがあったときに、僕があなたのことを忘れてしまえるようにと、
自分を守るためにこうじておいた防御策だったのかもしれません。

結局名も与えれなかったあなたのことを僕は一生忘れません。

あなたにはまだ役割は与えられていなかったけれど、あなたが僕たちに見せてくれた暖かい可能性のことを忘れたりはしません。

さようなら。
どうか、やすらかに。
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by chii-take | 2008-05-23 18:40
母へ
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普段ろくに電話もしないくせに、母の日に実家で直に顔を会わせてさえ、ろくに話をしない息子ですいません。
昨日は夕方遅くにおしかけ、結局夕飯を食い散らかしただけで、あとは猫と戯れてばかりいた馬鹿息子をどうかお許し下さい。
もちろんヨメも怒っています。どうしてもっと気を遣わないのかと。
でも聞く所によるとヨメを持った息子というのはどこでもそういうものであるらしいので、どうか僕だけではないとうことで、ここはひとつご勘弁下さい。

インターネットに繋がる術を持たないあなたのことですから、この文章をあなたが目にすることはないのでしょう。
そしてその他大勢の人が目にしてしまうこの文章に、どんな意味があるのかは知りませんが、ここ数年の経験で「伝えられる言葉だけが意味のある言葉ではない」ということを知りました。
伝わらないと知りつつ、30年目にしてはじめて、ここにあなたへの言葉を記します。


学生時代のバイト先で、同じようにそこで働いていたあるパートのおばさんにかけてもらった言葉があります。
その言葉は本当は僕にかけてもらった言葉ではなくて、あなたに向けられた言葉であったのに、僕はちょっとしたへそ曲がりを起こしてしまって、その言葉をうっかりあなたに伝えることを忘れてしまったように思うのです。
もしかしたら雑談の中にそのことを織り交ぜたことはあったかもしれません。
でもその言葉を聞いたとき、僕が本当はどう感じたのか、今はどう思うのか、ちゃんと言葉にしたことはなかったですね。

「あんたの親の顔が見てみたいわ!」

そのパートのおばさんは僕の働く姿を見てそう言って下さったのです。
僕は最初、もしや僕の働く態度が悪くて怒られたのかと本気で思いました。
でもそのおばさんはいつもどおりの笑顔で、その次の言葉をしばらく継ごうとしませんでした。
僕が怪訝な顔をしていると、

「ちいたけくんを見ていると、ちいたけくんのお母様がどんな息子になってほしくて躾けをしてきはったんか想像できる。」
「私は自分の息子をうまくよう躾けんかったから、その難しさがようわかる。どんな立派なお母様かいっぺんお会いしてみたいわ」


褒められたということはすぐに気がつきました。

でも、その対象が僕ではなく母であるということに、僕は少々納得がいかなかったのです。
僕の性格は僕がつくり上げたもので、僕の働き方に母は関係ない。
僕はそのときそう強く思ってしまったので、褒められたことに気がついても、そのことを心の底から喜ぶことはできませんでした。

“結局子供だった”というのは、僕の言い訳に過ぎないということはもうここに書くまでもないことですね。
そして僕が拙い屁理屈を捏ねる天才で、それを捏ねはじめるといつも僕のことを相手にされなかったあなたなら、そのとき僕が思ったことを、これ以上ここに書いても結局読みはしないのでしょうね(いや、読めないんでしたね)。
だから書きませんし、30になった僕はそんなものもはや捏ねようとも思いません。

今、どう思うのか、本題はそこです。


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昨日帰りの電車でヨメがこんなことを訊いてきました。

「どうしてちいたけのお母さんは昔の話ばかりするん?
しかも、自分の話じゃなくて人の話ばっかり。ほんまよう覚えてはるわ」


母さん。
ヨメはあなたが何度も何度も同じ話をする上に、自分の知らない人の話ばかりするのでいいかげん辟易しているようです。

でもその記憶力と観察眼には舌を巻いておりました。
なんでもヨメの実家では人の話はほとんどしないそうなのです。

思えば我が家では親父も僕も無口なので、あなたが一人で、あっちの誰それがこうでこっちの誰それがああだという話をするのを聞くことが普通になっていましたね。

いったいそれはいつ頃からだったのだろうと思い返すと、それは僕の幼かった日からずっとなのです。
僕は幼い頃から、あなたの語る会ったこともない人たちの冒険談を枕に眠りにつくような子供でしたね。
あなたの語る祖父一家の海での冒険話が僕は大好きでした。


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瀬戸内で運搬船の船長をやっていた祖父がいかに厳しく怖い人であったか…、
あなたのエピソードで知らされる祖父の姿は、ちょうど広島の実家にある達磨の掛け軸の恐ろしい表情を想像させるもので、僕は実際には祖父を覚えていないのに、その掛け軸のビジュアルとあなたの話から、まるでその背中を見ながら育ったような気がするほどです。

そして四国かどこかで行き別れになってしまったという、船で飼っていた犬(タロウでしたっけ?)の話。
数年後なぜかぜんぜん違う港町で、ボロボロに汚くなったタロウと奇跡的に再会することができたという話は本当に感動しました。
そのたくましくて聡明でやさしい犬の話を僕は何度も何度も繰り返し繰り返しおねだりしたことをよく覚えています。

あなたもたいそう可愛がっていたというタロウとの再会のシーンでは、話をするあなたも涙ぐんでいたのをよく覚えています。
走る船の上で、沿岸を吠えながら追ってくるタロウを見つけたというあのシーンです。
それは映画のワンシーンのように劇的な感動を伴った話でした。
奇跡的な出来事というものが生き物の力をもってすれば本当に起こり得る。
あるいはそれは奇跡ということでさえない、生き物にとって当たり前の力なんだということを僕はその話から教えられたのです。

もし仮にその話が真っ赤な嘘で、僕に生き物の尊さを教えるためのあなたの作り話であったというのならば、あなたは本当にすごい教育者といえるかも知れません。
なぜなら、僕は30歳にもなって本気で「奇跡」というものを信じるおっさんになってしまいました。
いまさら、「あれは嘘だぴょん」というのはなしにして下さいね。

あとあなたが幼い日の話で、当時日常的に身の回りに居た農作業用の牛に襲われてあやうく踏みつけられて命を失いそうになったという話がありましたね。
あなたの臨場感のある話り口調は本当に恐ろしくて、僕は自分の頭の上にも、ありありと巨大な牛の蹄とそこからこぼれ落ちる泥の匂いを嗅ぐことができました。
そして話し終えた後、感慨深く、「どうして私はあのとき死ななかったのだろう」
いつも考え込んでしまうところが僕は好きでした。
そんなことに答えはないのだと、当時は冷ややかにそう思っていたのに、考え込むあなたの姿が忘れられなくて、それは今では僕まで考え込んでしまうテーマになってしまいました。


そして、
あなたが繰り返し繰り返し吹き込んだ姉の在りし日の姿。
それは僕には一生忘れられない話ばかりです。
僕への叱り文句のすべてはいつも最後姉の話で集約されましたね。
姉はそういう子ではなかったと。姉が見たら悲しむと。
僕は幼い頃ずっとそれに反発し続けていたけれど、それは今もあまり変わらないけれど、あなたが僕を本当の意味で一人っ子にはさせまいと、自分も辛い思いをして語って聞かせてくれていたことはしっかりと理解しているつもりです。

そしてあなたがいつか僕に
「一人っ子にしてしまってゴメンね」
と言ったこと。

幼き僕はあのとき返す言葉を知りませんでした。
ただ一言。「そんなことより、生んでくれてありがとう」と言えばそれだけでよかっただけのことなのに、僕はついその言葉を伝える機会を見送ってしまったのです。

ブログを書きはじめて、そして昨日何気なくヨメが漏らした一言で、僕は今自分がしていることが、そっくりそのままあなたの真似であることに気がつきました。
ブログを更新する度、読んで下さる人は知りもしない人の話ばかり、繰り返し繰り返ししてしまいます。
結局僕という人間を作ったのは間違いなくあなただということを、僕はそれと知らずに自分で証明してしまっていたわけです。
おかげでこのブログからいくつかの素敵な出会いを経験しました。
いや、もしかしたら、「親の顔がみたい」と言ってくださったあのパートのおばちゃんと出会えたことさえ、もしかしたらあなたのおかげなのかも知れません。




僕は、今はただ一人、あなたの先を生きる人間です。
あなたの話してくれた様々な人の物語と共に、
そっくりそのままあなたの先を生きる人間です。

もはや生き残ることだけが、僕に課せられた命題ではありません。
あなたが授けてくれた力は僕をこの仕事に結びつけてくれました。
そしてこの仕事はきっといつまでも僕と家族を養ってくれるのでしょう。
だからというわけではないのですが、
僕もあなたがしてくれたように、幾人もの人の物語を語らなければなりません。

この世界がどんなにすばらしいかということについて。
生きることの喜びと、その奇跡について。

お母さん。よい物語をありがとう。


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P.S. ただしお母さん。あなたの話は最近本当に同じ話が多いのです。まあ、いいですけど。
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by chii-take | 2008-05-13 02:22
若草山と平城宮跡の狭間で
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前の日記にも書いたけれど、僕の新しい職場は奈良平城宮跡のすぐそばにあります。

だからよく晴れたお昼どきなんかには、仕事の日でもこんな感じにピクニック気分が味わえたりするのです。
前の職場には社員食堂があって、いわゆる社食なるものがあったのでそれを食べていたんですが、
今の職場にはそれがありません。
見かねたヨメが毎日お弁当を作ってくれるようになりました。
手づくりの弁当と、澄み渡った青空と、かんかん照りのお日様、そして一面の草っ原。
お昼どきに得られる空間としては最高のものと言えるのではないでしょうか。
お昼休みなるとカメラと弁当を抱えていずこかに消え去る新入社員を先輩方がどのような目で見ているのかは知りませんが…。

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お天道様が真上にあるときに写真を撮るのは難しいと本は教えてくれます。
前からよくお昼休みに抜け出してはカメラを構えていたのでそのことはよくわかっているのですが、
一日のうちで自由になる時間なんて限られているので、ついついお昼にカメラを持ち出しては困ったなあと肩をすくめてしまいます。

日を遮る木陰さえわずかなここでは、どんなに工夫してものっぺりのっぺりの草っ原です。
ああ、だめだだめだと、石畳の上に寝そべってみたら、あら眩しいお天道様。
思わず手をかざして日を遮ると、

手のひらを太陽に すかしてみれば 真っ赤に流れる 僕の血潮♪

なんて歌を思い出してみたり…。
見覚えのあるビジュアルに思わずカシャ!
こんな写真を友達が撮っていたのを思いだしました。
真似はいけませんね。

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GWはどこにも行きませんでした。
想定外に無職の期間が長かったので懐具合が芳しくなく、今年は我慢しようと夫婦で引きこもり。
ときどき散歩に出かけては平城京をうろうろ、若草山をうろうろ。
この二つのポイントの間だけで日々の生活がこと足りてしまうのが恐ろしいです。

webをのぞいてみれば、友達や同級生たちの華々しい活躍。
かたや辺境の片田舎でのんびり初夏の緑を眺めて暮らす自分との違いはなんなのかとしばし呆然としてみたり。
でも、今の自分の生活に満足していないのかと言ったらそれはまったく違うのです。

転職以来、いろんなことがうまく回りはじめたようでなんだか怖いくらいです。
新しい職場でもすばらしい出会いがありました。
考え方がまったく一致しているわけではないのだとしても、この奈良という土地でおもしろおかしくデザインをする人に会いました。
この人と一緒に仕事ができたらなんてすばらしいだろうと思える人です。

まだ、理想の案件を抱えて自分のデザインを実践しているというにはほど遠いポジションに居ます。
でもときどきデザインの必要な仕事が今の部署に舞い込んで来ると、それを僕に宛てがってくれる上司が居て、少ない経費(=短い制作時間)の中でも、必要なデザインを見つけ出してそれを形にするチャンスが与えられているということが、こんなに幸せだと感じることはこれまでなかったのです。

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こんなにうまくいっていていいのだろうか?

まだ今の状況に完全に満足しているのではないとしても、ここには明確に想像しうる未来があり、今自分がその過程に立っているということが、いっそむせかえるくらいの濃密な空気として感じられるのです。

きっとこのまますべてが上手くいくことなんてありはしないと思うのです。

バスケットの試合でも、追いつめられつつあったチームに突如マークされていなかった選手が伏兵として現れて、鮮やかな活躍でチームメイトや観客に一瞬の希望を垣間見せることがあります。
でも突然の伏兵の出現に、チームメイトみんながその伏兵に頼ってしまうことで、逆に敗北に向って加速していくシーンをよく見かけます。
だから今僕の置かれているこの状況が…、すべてが好転しかけている今まさに目の前にあるこの状況が、僕はとても怖いのです。

一寸先は闇。ということだってあるのだろうと思うのです。

でも今は、ただ目の前にあるデザインの仕事が嬉しいのです。
集中してMacの画面に向っているときに、あれ、なんかモニターが滲んできたなと思ったら、知らずに涙ぐんでいた自分がいるのです。
才能があるとかないとか、能力があるとかないとか、そんなことはもうどうでもよくって、
僕は本当にこれを仕事にするために生まれてきたのだと(決定的に何か勘違いしているのだとしても)思える瞬間があることが無性に嬉しいのです。

ややもすれば思考が未来に飛んでしまって空恐ろしくなる今日この頃ですが、
今は何も考えずいっそ無になって今目の前にあるデザインを一つずつこなしていこうと思っています。
この土地に1枚1枚、1ページ1ページ、自分のデザインを蒔いていこうと。
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by chii-take | 2008-05-09 00:44