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chi ka
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2009年5月18日。午前11時12分。
君は生まれた。
恥ずかしながら、僕はその現場を知らない。
最初の陣痛が始まってから一晩以上もの時間、
君の母がどのような気持ちでいたのかを、
どのような痛みを感じていたのかを僕は知らない。

君がこの世に生を受けてから一ヶ月。
僕が今何を考え、何を言葉として残しておこうかと考えたとき、
それは君の母のことを抜きには語り得ないだろうと思った。
何より君が将来知るべきことは、今の僕が考えていることより、
君を産み落としたばかりの母が、どのような人であるかということの方が重要だと思うからだ。

君の母はどう贔屓目に見ても活発で社交的な人間とは言えない。
どちらかと言えば控え目で、誰よりも真っ先に自分の意見を言うタイプの人がいれば、まずはその意見に耳を傾けるような人だ。
だからといって、自分の意見を持たず、常にその他大勢の意見に流される人かといえば、けしてそうではない。
常に自分の意見を持ちながら、それでいて、その意見が通らない場合も、
周囲に気をつかい、決して我を張らず、仲間との和を大切にする人だ。

万事控え目なそんな人だから、おおよそ彼女が他人を傷つけることはないといって差し支えない。
それは反面、周囲と意見が合わなかったときに、
彼女自身が人知れず傷ついていたということで間違いない。
(無論それは周囲の人が悪いということではない。)

そして彼女は自分がどんなに傷ついていても、それをさとらせまいとして、
他人にはなかなか涙を見せない人でもある。

強いのだ。

いつだって僕のデザインを一番厳しく批評してくれるのはそんな君の母だ。
君の母はいつでも一番弱い人の目線で物事を見る。

先にも書いたけれど、君の母はあまり口が達者とは言えない。
だから様々な思いも言えずまま終わることが多く、
そしてそんな言えずまま終わってしまった思いのことをとてもとても大切に思っている人だ。
僕がそういう社会的にあまりに目立たない小さな小さな思いのかけら
(それは往々にして言葉では表現できないものであることが多い)を、
つい見過ごしたデザインをすれば、目敏くそれを見つけ、僕の傲慢と思いあがりを非難してくれる。



僕が思うに、いつだって最も弱いものに最も寄り添える人が、
実は一番強い人なのだと思う。
そして弱い人に寄り添える人は、やはり弱い人でなければ難しいのだとしたら、
どうだろう?
君の母は強いのか、弱いのか?



いつか君の母が僕に教えてくれた言葉がある。

「禍福は糾える縄のごとし」

辛い事も嬉しい事も結い合わされた一本の縄のようなもの。という意味の言葉だ。
「あらゆる物事は相反する要素と相対的に関連している」という風に広く捉えても間違いないと思う。

彼女が強くあれるのは彼女が弱いせいだし、
彼女が厳しくあれるのは、彼女が底抜けに優しい人だからだ。
彼女がそういう人になれたのも、この言葉の意味を心の深い所で理解していたからだと思う。

君はそういう人から生まれたのだ。
そのことを君は誇りに思っていいと思う。

君の名前には私たち夫婦が信じて疑わないその言葉を封じ込めてある。

「禍福は糾える縄のごとし」

左向きに横たわる人と、頭を逆さまにして右向きに横たわる人を象った文字が「化」。
すべてのものは変化しながら生と死を繰り返していく。
それは自然そのものが体現していることで、ゆえにその「化」に艸かんむりをつけて【花】となった。
その「花」の元々の字形「華」は、腰を屈めて「草花」を抜き取り、神さまにささげる風習を表していて、自然の神さまに対する「祈り」そのものの意味を持っていた。

【花】という字は、いつか散るものだから、人の名前にはふさわしくないのだという話を聞いた。
でもそれは人間だってそう。人間だっていつか死んでしまう。
それは無論君だって例外ではない。
僕はそのことを、その可能性をよく知っている。
だからこそ同時に生きる幸せを知ることができるのだということも。
それは君の母が教えてくれたのだ。

【知】は、遠隔から獲物を獲ることのできる強力な人間の発明物“矢”を折ることによって、神さまへの誓約のしるしとして、人の力の及ばない自然の巨きな力を「さとらせてもらう」ことを表した文字。

この二つの文字を合わせて、
この世界の生きとし生ける物の営みについて、恭しく聡らせてもらうことを意味し、 そのことによって、 君がいつか自然に物事の本質を知り、
それをヒントに君自身の幸せへと祈り進んでいけるように考えた名前だ。

30年の先輩として言うが、君のこれから生きる道は暗い。
君がよほど器用な人間でないかぎり、これからの世の中を無邪気に明るく楽しく暮らしていくことは難しいだろう。
そしてそれを僕も、おそらく君の母も望んではいない。
だからといってうなだれて人生を過ごせということでは決してなく、
世の中のつらいことや悲しいことに決して背を向けることなく、
それでも強く明るく振舞える優しい知恵を身につけてほしい。

君がそのように生きようと思う限り、
知花、僕は君のために生き、君のために語ろうと思う。

君に名を与えるという重要な役目を任されたのは僕だ。
人名事典も画数占いも、僕は君の母以外の誰の意見も訊かなかった。
訊く必要がなかった。
それは非難されるべきことかもしれないけれど、
確信的に君の名前はこうであるべきだと信じて疑わなかった。
何年かして、君が君自身の名前に興味を持ったとき、
こっ恥ずかしくて僕は面と向ってその意味を説明しえないだろうから、
今日ここにそれをメモとして書き記す。

君の母への尊敬と、君への感謝を込めて。
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by chii-take | 2009-06-16 01:21 | Comments(20)