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言葉にならない私たちの夢
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「夢」ということについて、よく考えるようになりました。
子供の頃なりたかった職業とか、◯◯になってやるみたいな野望的なもの。
あと日々ふつふつと思い浮かべる妄想の数々。
いろいろな「夢」があると思います。
それらは毎日を生きていく上での行動指針のようなもので、近い目標から遠い目標まで、コンパスの指し示す先は、すべてとりもなおさず「夢」であったような気がします。

奈良に引っ越そうと思ったあの日から、
僕の想い描いた「夢」は、多くの人の理解や共感を得られないままに、キャンバスに恐るおそる描き加えられていくことになりました。
戸惑いや葛藤、疑問、反目、仕様がないなあという諦め。
僕が周囲の人との間にまき散らした混乱は、後に様々なものを生み出しました。
そういう日々の中で育まれたものが、今私の周りを漂い、動き回り、形を成し、一人歩きし(あるいは彷徨ったりし)ているのです。

奈良に居を移して描きはじめた僕の夢は、
新たな住まいづくりを中心に形成されていくことになりました。
大自然のただ中で自給自足の生活なんて、
「ワイルドだろ?」みないな生活を送れない僕は、
それでも、娘を都会の喧噪よりは人間的な暮らしの近いところに置きたくて、
その微妙な距離感がゆえに家探しは難航しました。
新築や中古、いろいろな物件を見て回ったのですが、
結局は周辺の環境が気に入らなくて、
今の家に決めるまでに随分と長い月日を要しました。

今僕たちは、万葉集にも詠まれている能登川という川のほとりに住んでいます。
平城京で言ったら、東大寺のある外京のちょっと南に外れたところ。
上の写真の中央辺りに流れている川のほとりです。
そう。奈良時代には街として整備されていなかった場所です。
当時ならまさに街と自然の境界ともいえる地域です。

目の前を流れる能登川の水は、春日山原始林の源流からほど近く、
本来ならもう少しキレイな筈なのに、途中の住宅地を通ってくる間に幾分人間臭くなっています。
けれど、日曜昼間に庭(らしきスペース)から川を眺めていると、川面には小魚が泳ぎ、それをねらう動物たちが鳥獣戯画のようにたむろしています。
淵にには大きなスッポンが息を潜めて小魚をねらい(そのハンティングが成功したところを見たことはありませんが)、その頭上からサギが舞いおりたかと思うと、対岸近くに鵜が飛び込んだりします。日によっては翡翠がホバリングしていたり…。
もちろん、蜂やムカデや蛇や、あまり好ましくない来訪者も我が庭にはたくさん訪れます。

娘は、やはり蝶やてんとう虫を愛で、蜂や蜘蛛を「恐い恐い」と言って逃げ惑うのですが、そんな生き物たちでさえ、等しく「ちょうちょさんが居るね」とか「ハチさん恐いよ」とか「アリさんごっつんこ」とか、みんな「さん」をつけて呼びます。
誰が教えたのか、あるいは教えなかったのか。
適うことなら、このまま望ましい者にも望ましくない者も、等しく「さん」づけで呼び続けてもらいたい。そういう心を持って育ってほしいと思っています。

話が脱線したかもしれません。夢の話でした。

でも、そんな話の一つひとつが、朧げながら僕の夢の正体であろうと思うのです。
一つひとつは、かすかに言葉になるのですが、総体として「これが僕の夢です」と言葉にできるキーワードを僕は持っていません。
例えばオリンピックで金メダルをとるとか。そういうのじゃないみたいです。

ヨメが「太陽光発電のある暮らし」が子どもの頃からの夢だった」と言うのをはじめて聞いたとき、正直僕は(多少の驚きはあったにせよ)「なんだ」と思ったのです。
「お金で買える夢」なんてそんなに多くはありません。
「お金で買えるなら買えばいい」単純にそう思ったのです。
(家のローンと合せて背負った僕の借金は半端なものではありませんが…)
そして今日(正確には昨日)、能登川のほとりに建つ我が家の屋根の上に太陽光パネルが載りました。

載せてみてはじめて、はっと気づかされたことがあります。
確かにヨメの夢から始まった話であり、
お金で実現できたことではあるのですが、
実はこれも、総体としての大きな夢のごく一部にしか過ぎないもので、しかもヨメの夢だとばかり思っていたそれは、
実はあの日描きはじめた僕自身の朧げで言葉にならない夢の一つでもあったのではないだろうかと。

施行後、ヨメが止めるのを無視して、
「工事の出来は自分の目で確認しないと」とうそぶきながら、
恐るおそる梯子を上って二階建ての屋根の上を見たとき、
僕はなんとなく、そう思ったのです。

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by chii-take | 2012-06-18 02:53