普段の僕を知っている人にはあまり信じてもらえそうにありませんが、 僕はわりと気性の烈しい性格です。 職場で「仏のちいたけ」とか呼ばれたりしてますが、仏なんてほど遠く、 気持ちはほとんど「阿修羅」のようです。 そんな僕だから、頭に血が上ってしまって、 どうにも自分で自分をコントロールできなくなると、決まって開くのがこの本。 論語です。 こんなくだりがありました。 『子、四を絶つ。意なく、必なく、固なく、我なし。』 (先生は四つのことを絶たれた。身勝手な心を持たず、無理おしをせず、執着せず、我を張らない) 正直耳が痛いです。 気持ちが強まれば強まるほど、強くなるのがこの意、必、固、我。 いつもこいつに振り回されます。 こんなくだりもありました。 『唐棣(トウテイ)の華、偏として其れ反せり。豈に爾を思わざらんや、室是れ遠ければなり』 (庭桜がひらひらとかえっている。あなたのことを思っても、この距離が遠すぎて…) いにしえの人の、遠い所に居る大切な人を思う切ない歌です。 孔子はこの歌を次に続く一言で両断します。 『未だこれを思わざるなり、それ何の遠きことこれ有らん』 (まだまだ思いが足りないのだ、しっかりと思ってさえいれば何の遠いことがあるものか) 要は気持ちの問題だ!くだらん! と言っているわけです。 思いを深めることが、意、必、固、我を強めることではないはずです。 それはいわゆるエゴだから。 だから先生はそれを捨てた。 じゃ、何をもって思いを深めるのか、先生は簡単には教えてくれません。 『未だこれを思わざるなり』ではなかなかどうしてわからないのです。 ん、こういうことか?…。 「自我」の反対語は「非我」 大辞林によると。 【非我】 認識や行為の主体たる自我に属さず、その外にあるもの。自然・世界など。 自我の働きに抵抗し、自我の自己実現の手段となる。 自然・世界など?…。 でかい、でかすぎるよ。先生…。
by chii-take
| 2007-02-24 04:53
|
by chii-take
ブログパーツ
Link
この人なくしてこのブログはなかった。天性の絵描き。信じられないけれど同級生。
短調亭日乗〆老いぼれ日記 尊敬という距離感から慕うという距離感に白川先生を近づけてくださった。この出会いは僕にとって大いなる歓びでした。 文字を楽しむ 「これを愛して能く労すること勿からんや」 前の職場で知り合った“あねさん”は働くことにとってもまっすぐ。日常のボケをイラストでつっこむブログはとっても痛快。 イラスト日記 ネットの中を吹く風が出会わせてくれた人。偶然といえば偶然。必然といえば必然。この人のブログで言葉の力をあらためて信じてみようと思えた。 ひざのちからを抜いてごらんよ 昔はなんだか隣くらいにいたような気がするけど、今はずっと向こうを走っている人。なんだかよくわからないものを降ろしてくる達人。霊媒師? KAMIJOH.NET 腐女子のロンドン留学 僕はこの人の言葉に何度背中を押されたか知れない。ほがらかなエピソードの中で知らされるその類稀な行動力は、僕にいつもエネルギーを与えてくれます。 wasabi-net 「真逆」という言葉は僕とこの男のためにあるのかもしれない。卒業の別れから数年ぶりの再会。なぜだか同じ趣味を持っていた。「反発」は「共感」に変わるのか? 答えは写真だけが知っている。リスペクトの気持ちだけは、今も昔も変わらない。 D80でPHOTO-LIFE フォロー中のブログ
ライフログ
以前の記事
2013年 03月 2013年 02月 2013年 01月 2012年 10月 2012年 06月 2011年 02月 2010年 06月 2010年 05月 2010年 03月 2009年 11月 2009年 07月 2009年 06月 2009年 04月 2009年 03月 2009年 01月 2008年 12月 2008年 11月 2008年 09月 2008年 08月 2008年 07月 2008年 06月 2008年 05月 2008年 04月 2008年 03月 2008年 02月 2008年 01月 2007年 12月 2007年 11月 2007年 10月 2007年 09月 2007年 08月 2007年 07月 2007年 06月 2007年 05月 2007年 04月 2007年 03月 2007年 02月 検索
その他のジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧
|
ファン申請 |
||